改訂新版 世界大百科事典 「アンチセミティズム」の意味・わかりやすい解説
アンチ・セミティズム
Antisemitismus[ドイツ]
字義どおりには反セム人主義であるが,一般にはひろく反ユダヤ主義の意味で用いられ,またとくに19世紀末以降ドイツ,フランスなどユダヤ教徒解放が一応完了した諸国に起こり,中世以来の伝統的なユダヤ教徒差別とは性格を異にする近代反ユダヤ主義をさすことも多い。18世紀末までのヨーロッパでは,ユダヤ人とはもっぱらユダヤ教徒のことであり,ユダヤ教団への所属によって規定される身分であった。近代に入って社会の世俗化と身分制原理の崩壊がすすむにつれ,ユダヤ教徒への市民的権利の賦与,すなわちユダヤ教徒解放がおこなわれた。この解放によってユダヤ教徒は単に信仰を異にする市民にすぎず,なんら独自の民族でも国民でもないものとされた。しかし中世以来の宗教的偏見に加えて,資本主義の発達とこれに伴う社会的諸問題の深刻化につれ,ユダヤ人=金貸しという観念はかえって強まりさえした。加えて,新たに起こった人種論がユダヤ人概念を固定化した。
19世紀半ば以降現れた人種論は,元来言語学上の概念として生まれたセム語族を借用して,これをセム人とし,同じくアーリヤ語族をアーリヤ人あるいはゲルマン人と呼んで,セム人の対極をなす人種として固定化するようになった。1870年代ドイツに起こった反ユダヤ主義運動は,ユダヤ人=セム人という前提から,みずからアンチ・セミティズムと称し,人種としてのユダヤ人すなわちセム人を差別し排撃した。80年代初頭にはこの語はドイツで定着するにいたり,批判者のあいだでもこれを用いることが一般化した。そして以後急速に他のヨーロッパ語にも波及していく。この語の最初の使用者としてしばしばドイツの反ユダヤ主義者マルWilhelm Marrが挙げられるが,確実ではなく,また彼以前の使用例としてフランス人ルナンErnest Renanが引合いに出されることもあるが,確証に欠ける。しかしマルがこの語の急速な普及に大きな役割をはたしたことは確かである。
→ユダヤ人
執筆者:下村 由一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報