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アーグラ アーグラĀgra

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アーグラ
Āgra

インド北部,ウッタルプラデーシュ州西部,ジャムナ川に面する商業都市。アーグラ県の行政庁所在地。地方行政の中心地。 1566年アクバル帝によって建設され,1658年のデリー遷都まで約1世紀の間ムガル帝国がここを首都として北インドを支配した。この期間は,ちょうどアクバル帝からシャー・ジャハーン帝にいたる,ムガル帝国の最盛期にあたる。 1803年にイギリスの支配下に入ってからも,周辺地区の行政中心地として重視された。陸軍,空軍の司令部や兵営がおかれ,軍事上も重要。アーグラ大学をはじめ教育機関も集中。周辺は広大な平野で,道路,鉄道,河川交通の要地。空港もある。農産物や日用品の集散が行われ,大理石細工,綿織物,カーペット,なめし皮,靴などの製造が盛ん。ムガル帝国時代の建築物が多く,イスラム建築の代表といわれるタージ・マハルや,赤色砂岩の大城壁をめぐらすアーグラ城は特に有名。人口 89万 9195 (1991) 。

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百科事典マイペディアの解説

アーグラ

インド北部ウッタル・プラデーシュ州,ジャムナ川右岸の都市。商業・交通の要地。皮革製品,ガラス細工,じゅうたん,工芸品などの手工業がある。1566年―1658年ムガル帝国の首都,デリー遷都後衰退。
→関連項目アクバルアーグラ城塞ファテープル・シークリーレッド・フォートの建造物群

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世界大百科事典 第2版の解説

アーグラ【Āgra】

インド北部,ウッタル・プラデーシュ州西端の都市。首都ニューデリーの南南東およそ200km,ヤムナー(ジャムナ)川の右岸に位置する同名県の県都で,ムガル帝国時代の古都として有名である。人口89万2000(1991)。16世紀初頭にイスラム教徒でデリーに都したシカンダル・ローディーSikandar Lodīの支配地に入り,この地方の政治・経済の中心地として発達した。ローディー朝を倒したムガル帝国の3代目アクバル帝が,1564‐75年の間にアーグラ城を建設した。

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