ウィルソン病は、
銅が全身の臓器、とくに肝、脳、角膜、腎などの細胞内に過剰に沈着し、その結果引き起こされる細胞障害、臓器障害に基づき、さまざまな臨床像を示します。肝障害と
ウィルソン病は、前述したように常染色体劣性遺伝形式に基づいています。保因者は、日本では100~150人に1人と推定され、欧米の200人に1人という頻度よりも高く、決してまれな病気ではありません。また、ホモ保因者で発症するのは4万~9万人に1人です。患者数や分布には地域差があり、その保因者頻度は近親婚率によって左右されます。したがって、母親、家族の問診では、とくに両親の近親婚の有無が重要です。
最近、13番染色体上のATP7B遺伝子異常が、ウィルソン病の原因遺伝子として特定されました。ATP7Bは、肝に特異的に発現するATP依存性メタルトランスポーターで、この異常によってセルロプラスミンへの銅の取り込みが損なわれて、胆汁中への排泄障害が引き起こされます。
多様な臨床症状を示します。とくに肝硬変、
ウィルソン病の原発臓器である肝臓の障害は、大きく
好発年齢は、5~20歳ころまでですが、30~40歳で発症することもあります。銅の過剰蓄積は肝臓から始まるため、通常、肝障害が神経症状に先行します。一般に、10歳以下の若年発症のウィルソン病で肝障害が多いのはこのためです。その後年齢とともに、肝臓のほかに、脳幹基底核、腎、角膜への銅過剰蓄積が始まります。したがって、10歳以降では神経・精神症状での発症が多くなります。
●臨床病型
ウィルソン病の臨床病型は、表11に示すように、①発症前型(無症状期)、②肝型(10歳以下の小児期に多い)、③神経型(10歳以降に多く、年齢とともに増加する)、④肝神経型(神経型と同様の傾向)、に大別されます。
肝型には、急性に発症する劇症肝炎型(腹部ウィルソン)と溶血型が含まれます。これらは劇症肝炎のような急性肝不全症状や溶血性貧血を伴う場合です。急激で広範な肝細胞の
●病期分類
ウィルソン病の病期(自然経過)は通常Ⅰ~Ⅲ期に分類されます。
Ⅰ期は無症状期で、びまん性の銅沈着が肝細胞質に進行します。
Ⅱ期は、肝細胞質の銅結合能が飽和状態となり、過剰な銅が肝臓内に再配分され、肝臓から放出されます。この再配分は患者さんの3分の2では緩やかに行われますが、時に急激で、肝細胞の大量壊死をもたらします。
Ⅲ期は、肝の線維化や肝硬変が進行します。銅は脳、角膜、腎など肝臓以外の臓器や組織にも沈着して、それぞれの臓器障害を起こします。その速度や中枢神経への銅の蓄積が遅いと無症状状態が続くことがあります。一方、肝障害が急速であれば、Ⅱ期のように肝細胞壊死、肝不全を起こします。
後述する治療によって、銅代謝のバランスが是正されると、肝障害や中枢神経障害の進行が抑えられて、多くは無症状となりますが、門脈圧亢進症状、不可逆性の脳障害は長く残ります。
幼児期、学童期の発病は肝障害型が多いため他覚的所見が少なく、診断には家族、とくに母親への問診が重要です。子どもの無気力、集中力低下、学業低下、食欲不振、動作
早期発見が最も重要ですが、幼児や学童などに原因不明の肝機能障害がみられた時には(不随意運動などの神経症状を伴っている時にはなおさら)、まず第一にこの病気を疑うことが大切です。
ウィルソン病の診断は、問診および臨床症状から銅代謝異常の可能性を疑い、血清総銅量およびセルロプラスミン濃度の低下、尿中銅排泄量の増加、眼のカイザー・フライシャー角膜輪の証明などにより、銅代謝異常のあることを診断します。
さらに、肝生検による組織診断(
他の重症肝障害に合併した二次性の低セルロプラスミン血症、肝内胆汁うっ滞症、精神神経症状を示す疾患(多発性硬化症、小脳疾患、パーキンソン症候群、
治療の基本方針は、銅の排泄促進を図ることです。早期に発見して早期に適切な治療を行えば、銅代謝異常をコントロールすることが可能であり、予後を十分に改善できます。
しかし、神経症状がかなり進行した場合には予後は不良です。死因は肝不全、
①食事療法
生涯にわたって銅含有量の多い食物(たとえば貝類、レバー、チョコレート、キノコ類など)の摂取を制限して、低銅食(1日1.5㎎以下)にする食事指導が行われます。
②薬物療法(表12)
体内にたまった銅の除去、銅毒性の減少を目指して、銅排泄促進薬(キレート薬:Dペニシラミン、塩酸トリエンチン)による治療が、発症予防を含めて第一選択になります。生涯にわたって必要な治療であることを十分説明してもらい、納得して治療に専念することが大切です。また、肝障害や神経障害に対する対症療法も必要に応じて行われます。
Dペニシラミン(メタルカプターゼ)は、日本人の初期量として1日1000㎎(10カプセル)前後を投与し、効果判定をしながら増減します。もしくは1日200~400㎎(2分服)から始めて、漸増して800~1200㎎を続けます(5歳以下では1日200~400㎎)。効果の発現には数週間から数カ月を要します。
この薬剤の副作用として、発熱、血球減少、皮疹、口角炎、全身性エリテマトーデス(SLE)様症状などに注意を要します。維持量に達したあとは決して中止しないように気をつけてください。リバウンド(
なお、メタルカプターゼにはピリドキシン拮抗作用があるので、大量に投与する場合にはビタミンB6を併用します。
荒川 泰行
ウィルソン病は銅の
血液中には銅を運搬するセルロプラスミンという蛋白質がありますが、ウィルソン病ではこれが低下して銅を運ぶ機能が弱まって、肝や脳に銅が沈着して障害が起こります。
ウィルソン病は遺伝性の疾患で、遺伝型式は
人口10万人に1~3人の発症がみられます。
10~20代のころから症状の出ることが多いです。
肝硬変のほかに、頭部CT(図42)で示したように脳の深部にある大脳
精神症状としては感情が変化しやすく不安定になったり、性格が変化して付き合いにくくなったり、学業成績の低下が起こります。進行すると姿勢の異常や
以上に述べたように、肝障害と手の羽ばたき振戦を中心とした神経症状から、ウィルソン病を診察したことのある医師はすぐに診断ができます。検査としては、血清セルロプラスミンが低値であることや、血液検査で肝機能障害のあること、眼を見ると角膜周囲にカイザーフライシャー
標準的な治療法としては、まず銅を多く含む食品を減らすことです。銅を多く含む食品には、カニ、エビ、貝類、クリ、乾しブドウ、ココア、チョコレートなどがあります。
次にDペニシラミン(メタルカプターゼ)を内服して、体内にたまった銅を排泄するようにします。Dペニシラミンには副作用として全身の皮膚に赤い発疹が出たり、胃腸症状や白血球の減少が起こることがあるので、医師の観察のもとに注意して薬を服用します。
10~20代の人で手の羽ばたき振戦のような不随意(ふずいい)運動が起こる時は、早期に神経内科医(年齢によっては小児科医)の診察を受けるようにしてください。早期に治療を始めれば、神経症状は経口的な薬で改善します。
銅の沈着により肝硬変も起こるので、定期的に肝機能検査をして経過をみてもらうことが大切です。
栗原 照幸
銅は体内のあらゆる組織に存在し、重要な役割を果たしています。しかし、異常に蓄積すると有害な作用を示します。ウィルソン病では、銅を輸送する蛋白(ATP7B)の遺伝子異常により胆汁中への排泄が障害され、体内とくに肝、脳、腎に銅が蓄積し、それぞれの機能が障害されます。
銅を輸送する蛋白(ATP7B)の遺伝子異常が原因で、
一般的には、5歳以降に肝機能障害を起こします。気づいた時にはすでに
肝機能障害、とくにコリンエステラーゼの低下や凝固能の低下など肝硬変を示す異常がみられます。特異的な徴候として、血中セルロプラスミンや銅の濃度が低く、銅の尿中排泄が増え、肝における銅の蓄積が確認されます。病初期には認められませんが、銅は角膜にも沈着し、カイザー・フライシャー輪が認められます。
銅の排泄を促すために、食間にキレート剤(ペニシラミン、トリエン)を経口投与します。また、銅の吸収を抑えるために、銅の含有の少ない食事をすすめ、また食後に
肝疾患の専門医か、先天性代謝異常症を専門とする医師による診察が必要です。
早坂 清
銅の輸送に関与する
小児期には肝機能障害で気づかれることが多く、進行すると
銅キレート薬や亜鉛製剤の内服と銅制限食による食事療法を行います。早期に治療を開始すれば、予後は良好とされています。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
銅代謝の先天性異常によっておこる疾患。遺伝形式は常染色体潜性遺伝である。肝硬変、錐体(すいたい)外路症状が主徴で、肝レンズ核変性症ともよばれる。1912年イギリスの神経医で病理学者のウィルソンSamuel Alexander Kinnier Wilson(1877―1937)によって記載されたので、この名でよばれる。
体内に銅が異常に蓄積し、肝臓や大脳半球の深部にあるレンズ核では正常の5~10倍にもなり、組織が破壊される。発症はすべての年齢にみられるが、10~20歳と50~60歳にピークがある。若年発症では筋緊張の亢進(こうしん)、動作や言語の緩慢、構語障害、不随意運動、運動失調を示すが、高年発症では筋緊張は目だたず、振戦(ふるえ)を主徴とすることがあり、これを仮性硬化症とよんで区別する人もある。肝障害は若年発症で早くおこる傾向がある。銅の沈着によって角膜辺縁部に緑色ないし褐色のカイザー‐フライシャーKayser-Fleischer角膜輪を生ずることが多く、診断的価値がある。銅の尿中排泄(はいせつ)は増加しており、血漿(けっしょう)中の銅は減少しているが、これは、銅を結合する特殊タンパクであるセルロプラスミンの合成障害による。大部分の患者では、セルロプラスミンの測定によって診断が確定する。
治療にはペニシラミンやトリエンチンといったキレート剤の投与が有効である。また、副作用が少ないとされる酢酸亜鉛製剤が、2008年に日本でも承認され、使用されている。厚生労働省の小児慢性特定疾病治療研究事業の対象となっており、医療費の補助が受けられる。
[高橋善弥太]
肝レンズ核変性症ともいう。伴性劣性遺伝による銅代謝異常疾患である。1912年にウィルソンS.A.K.Wilsonにより病態が明らかにされたことから,この名称が用いられている。病態は,おもに脳と肝臓に過剰の銅が沈着することにより生じる。脳のレンズ核の神経細胞の変性により,筋肉の緊張亢進や不随意運動が生じ,四肢の震え,運動障害,言語障害が起こるが,知能低下は生じない。肝臓には肝細胞変性,脂肪貯留が生じ,しだいに肝硬変へと進行する。その結果,門脈圧亢進症,食道静脈瘤などを合併するようになる。溶血発作をくりかえし生じることもある。角膜に生じた銅沈着による緑色の輪はカイザー=フライシャー輪Kayser-Fleischer ringと呼ばれ,この病気に特徴的な所見である。組織中への銅沈着の増加は,患者血清中のセルロプラスミンceruloplasmin(銅と結合し,運搬するタンパク質)が少ないことが最大の原因とされている。治療は,銅と結合しその糞便中への排出を増加させる作用を有するD-ペニシラミンの長期投与による。
執筆者:松崎 松平
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…この肝炎は慢性化しやすい。以上のほかに,特殊な肝臓疾患と関連した物質としてウィルソン病の診断をするため血清セルロプラスミン,ヘモクロマトージスに対しては血清鉄濃度および血清不飽和鉄結合能,原発性胆汁性肝硬変の診断に抗ミトコンドリア抗体,肝臓癌の診断には血清α‐フェトタンパクの測定が行われている。肝炎
[肝障害に伴う非特異的生体反応物質の測定]
慢性肝炎や肝硬変では血清中の免疫グロブリン濃度が増大することが知られている。…
…一定の肢位(たとえば起立位)をとるときに,筋緊張が異常に高まり,随意運動が妨げられ,変形した肢位に固定される。ひとつの症候群で,痙性斜頸spasmodic torticollis,ウィルソン病,パーキンソン症候群など,種々の疾患にともなって出現する。また,ジストニーを呈する疾患のひとつである捻転ジストニーtorsion dystoniaあるいは変形性筋ジストニーdystonia musculorum deformansは,腰部前彎,胸部後屈,骨盤捻転,四肢の内転・内旋など,全身性のジストニーを呈し,起立時,歩行時に著しい。…
…(7)色素代謝異常 ポルフィリン代謝異常,ビリルビン代謝異常がある。(8)金属代謝異常 ウィルソン病,メンケス病など。(9)核酸代謝異常 レッシュ=ナイハン症候群,先天性痛風など。…
※「ウィルソン病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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