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ウィンブルドンテニス大会 ウィンブルドンテニスタイカイ

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デジタル大辞泉の解説

ウィンブルドン‐テニスたいかい〔‐タイクワイ〕【ウィンブルドンテニス大会】

ロンドン郊外のウィンブルドンで毎年開催されるテニスの大会。1877年に第1回が開催された世界最古のテニス大会で、選手の服装は白色に限定するなど、伝統と格式が重んじられる。コートは天然芝を使ったグラスコート全豪オープン全仏オープン全米オープンとともに世界四大テニス選手権大会の一。ウィンブルドン選手権全英オープン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウィンブルドンテニス大会
うぃんぶるどんてにすたいかい
The Championships, Wimbledon

世界最古の歴史をもつテニス大会。正式には全英テニス選手権大会The Lawn Tennis Championshipsというが、会場が大ロンドン市南部のウィンブルドン地区にあることからこの別名があり、世界的にこの名称で通っている。国別選手権デビスカップに対して個人トーナメントとして世界最高の権威を保持している。開催時期は6月末からで、詳しくは8月第1月曜日の6週間前の月曜日から2週間と定められている。センターコート、ナンバーワンコートを含め、20面のローンコートとアンツーカーコート5面、クレーコート4面、室内コート5面があり、センターコートは約1万4000人を収容できる。会場は改造計画を進行中で、第1段階は1997年にナンバーワンコートを完成(約1万1000人収容)、ほかにローンコート2面を増設、第2段階としてセンターコートに700席を増設、第3段階としてナンバーツーコートを新設する。
 第1回大会は1877年に開かれ、男子シングルスのみが行われ、S・ゴーアが優勝した。6ゲーム先取の5セットマッチで行われたが、参加者は22人で観客は150人程度、優勝トロフィーは25ギニー相当で、入場料は1シリングと記録されている。1879年から男子ダブルスが、84年から女子シングルスがプログラムに加わった。イギリス人選手以外による初のタイトルは、1905年女子シングルスでアメリカのM・サットンが、07年男子シングルスでオーストラリアのN・ブルックスが獲得している。男子シングルスではそれ以後イギリス人選手で優勝したのがA・ゴーアと名手F・ペリーの2人だけであることからも、この競技会の国際性がわかる。1968年からオープン化され、スポーツのアマチュア問題に一石を投じた。その年の優勝者はオーストラリアのR・レーバーで優勝賞金2000ポンドを獲得した。2007年現在の賞金総額は1128万2710ポンド(うち優勝賞金は男女ともに70万ポンド)である。ダブルスをも含めた最多優勝はB・J・キング(アメリカ)の20回、男子シングルスはW・レンショウ(イギリス)、P・サンプラス(アメリカ)の7回、女子シングルスはM・ナブラチロワ(アメリカ)の9回である。
 日本選手の初参加は1920年で、清水善造が準決勝まで進出した。また、混合ダブルスで1933年三木竜喜(りゅうき)・ラウンド(イギリス)組が、女子ダブルスで75年沢松和子(かずこ)・アン清村(アメリカ)組、2003年(平成15)杉山愛・キム・クライシュテルス(ベルギー)組がそれぞれ優勝している。男子シングルスでは1995年に松岡修三がベスト8入りしている。女子シングルスでは1996年に伊達公子(だてきみこ)がベスト4入りしている。[三町正治・清水伸一]

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