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カガノビチ

百科事典マイペディアの解説

カガノビチ

ソ連のユダヤ人出身の政治家,共産党指導者。1911年以来革命運動に参加,十月革命で活躍。1930年政治局員となりスターリン政治体制確立に貢献し,重工業促進に参画する。
→関連項目ポドゴルヌイ

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世界大百科事典 第2版の解説

カガノビチ【Lazar’ Moiseevich Kaganovich】

1893‐1991
ソ連邦のユダヤ人出身の政治家。典型的なスターリン派の党官僚。1911年からのボリシェビキであるが,内乱時,地方での集権的党運営が認められ,ネップ期は党中央委員会書記局においてスターリン書記長を補佐した。その後ウクライナ共産党書記をつとめ,30年に政治局員となる。特に1929年以後の農業集団化や右派批判に手腕をふるい,30年代はモスクワの都市建設および農業での強硬な指導によってスターリン政治体制の確立に貢献する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カガノビチ
かがのびち
Лазарь Моисеевич Каганович Lazar' Moiseevich Kaganovich
(1893―1991)

ソ連の政治家。ウクライナのキエフ近郊に生まれる。ユダヤ人。14歳から製靴工として働き、1911年ロシア社会民主労働党(のちの共産党)に入党。ウクライナを舞台に革命運動に携わる。1924年の第13回党大会で中央委員に選ばれ、1926年政治局員候補、1930年政治局員となる。1925~1928年にはウクライナ共産党第一書記を兼ねる。1930年代にはスターリンの片腕として多くの部署で辣腕(らつわん)を振るった。1930~1935年にはモスクワ市委員会第一書記として都市建設、地下鉄建設を指揮し、1933年には党中央委員会農業部長となって、農村の危機的状況に対して強硬な姿勢で臨んだ。さらには、破局的状態にあった鉄道運輸再建の任にあたるなど、つねに難局突破の重責を担った。1937年には重工業人民委員、1939年には燃料工業人民委員となる。第二次世界大戦中は国家防衛委員会のメンバーとしてカフカス方面の輸送を確保した。戦後の1947年ふたたびウクライナの第一書記となり、1953年には連邦第一副首相となる。1957年6月、マレンコフ、モロトフらとともにフルシチョフ追い落としを図って失敗し、「反党分子」として公職を追われた。以後、政界から姿を消した。[塩川伸明]

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