イギリスの牧師、力織機の発明者。ノッティンガム州の旧家に生まれ、オックスフォード大学を卒業後、40歳過ぎまでは聖職者として過ごす。1784年の夏、アークライトの紡績機の特許が切れたためにマンチェスターに大量の綿糸が出回るようになり、織工が不足していることを聞き、力織機の製作を思い立ったといわれている。1785年に力織機の基本特許を得る。最初の力織機はごく粗末なものであったが、1786年、1787年と新しい特許を加え、近代的な力織機へと発展させた。1785年にヨークシャーのドンカスターに紡織工場を設立し、工場経営にも乗り出した。1789年には梳毛(そもう)機の特許を得ている。1792年にはロープ製造機、1797年にはアルコール機関を発明した。一部は蒸気機関で運転し、力織機500台を据え付けた工場をマンチェスターに設立したが、力織機の出現に反対する暴徒によって1792年焼打ちされてしまった。当時の多くの発明家と同様、商業的な利益を収められなかったが、イギリス下院は彼の功績に対し1万ポンドを贈っている。工場が焼かれたのちケント州に小さな農場を買い、余生を送った。サセックスで死去。議会改革者として改革の父とよばれたジョン・カートライトJohn Cartwright(1740―1824)は兄である。
[篠原 昭]
アメリカの社会心理学者。スワースモア大学を経てハーバード大学に学び、1940年学位をとる。ドイツ生まれの心理学者K・レビンおよびその仲間の影響を強く受け、レビンが主宰した「トポロジー・グループ」の有力な一員であった。1940~1942年アイオワ州立大学研究員(この時期レビンが同大学児童福祉研究所にいた)、第二次世界大戦中は農務省調査部門の研究指導員、戦後はレビンがマサチューセッツ工科大学に創設した「グループ・ダイナミックス研究センター」で、リピットRonald Otis Lippitt(1914―1986)、フレンチJohn R. P. French(1913―1995)、フェスティンガーらとともに活動したが、レビンの死(1947)後、センターはミシガン大学に移り、カートライトが主宰して活発な研究活動を行った。
[宇津木保]
イギリスの発明家。ノッティンガムの出身。オックスフォード大学で神学を学び1779年牧師となる。84年に偶然R.アークライトの紡績機械の特許が近いうちに切れ綿糸の増産が可能となることを知り,今後織機の開発が必要と予感し,まったくの素人ながら指物師や鍛冶屋の協力を得て試作にとりかかる。織機のもつ往復運動をカムやスプリングを用いて動力と連結するもので,85年の特許取得以来何度となく改良をすすめ,87年,92年と特許を取得した。カートライトの力織機power-loomは動力を利用し,しかも1人の織布工が何台もの織機を同時に運転できることを原理的に可能とした。カートライトは1787年に小工場の経営にのりだし,最初は畜力によって織機を作動させた。この小工場で試作改良をつづけ,89年にはバーミンガムから動力として蒸気機関を買い入れ据えつけた。91年には大工場の建設に着手するが,完成後1ヵ月にして失業を恐れる織布工たちの焼打ちにあい計画は頓挫し,カートライトは破産,特許権は売り渡された。カートライトの力織機による製品の品質は,依然として手織機には及ばなかった。しかし,織布工不足による高賃金化のため,その後も多くの人が力織機の改良をすすめ,最終的には1822年R.ロバーツの手によって経済的にも実用に足るものとなった。カートライト自身は経済的に恵まれなかったが,1809年に議会に補助金を申請し,力織機の功績で1万ポンドの賞金をうけた。
執筆者:奥山 修平
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1743~1823
イギリス産業革命期における織機の発明者。1785年蒸気機関を利用する力織機を完成。また梳綿機(すきわたき)や製縄機を発明したほか,フルトンを助けて蒸気船の建造にもあたった。
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…これは,ひもを引くことにより杼箱の中からシャットルをはじきだすもので,緯入れ,緯打ちの能率は飛躍的に増大した(日本ではこの装置をバッタンと呼ぶ)。その後,産業革命の波に乗って発明された紡績機械と相呼応して,イギリスの牧師E.カートライトは1785年,開口,緯入れ,巻取りを動力で動かす織機を発明し,その後も改良を重ねて現在の力織機開発の基礎を作った(図11)。また1802年には踏木を踏むことにより,すべての操作を行わせる足踏織機がレードクリフWilliam Radecliffeによって発明された(図12)。…
…高速回転用にはハスケル型クローサーが使用される。なお製綱機は力織機を発明したE.カートライトによって考案されたといわれ,昔は長く張った糸に撚りをかけながら上撚をかけ,撚縮みに応じて装置を移動させて作業した。【近田 淳雄】。…
…ところが18世紀後半以後,イギリスで綿織物をつくるための種々の機械がつぎつぎと発明され,綿織物生産は飛躍的に増大するとともに,綿織物工業は産業革命の重要な担い手ともなった。すなわち1733年のJ.ケイの飛杼(とびひ)の発明に始まった織機の改良は,64年J.ハーグリーブズの数個の紡錘をもつ多軸紡績機の発明,68年のR.アークライトによる水力紡績機の発明,さらに85年E.カートライトの蒸気機関を利用した力織機まで続き,綿織物工業は産業革命期のイギリスにおいて飛躍的な発展をとげた。 その後,綿織物工業はイギリスから他のヨーロッパ諸国,そしてアメリカに普及し,とくに19世紀末あたりからはアメリカ南部の綿花地帯に盛んになっていった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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