カートライト(英語表記)Cartwright, Edmund

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カートライト
Cartwright, Edmund

[生]1743.4.24. ノッティンガムシャー,マーンハム
[没]1823.10.30. サセックス,ヘースティングズ
イギリスの発明家,事業家,聖職者。オックスフォード大学を卒業して教区司祭となった。 1786年リンカーン大聖堂参事会会員。 84年にアークライトの工場を見学してから織機に興味をもち,85年,動力織機を発明して,その特許を得た。この機械を改良し,蒸気機関を動力とする紡績工場を建設。工場そのものは8年後に倒産したが,彼はほかにも羊毛の梳毛機械 (1789) ,縄ない機,アルコール蒸気機関などの発明,改良に打込み,産業革命期のイギリスの技術に大きな貢献をした。 1809年,議会は彼の功績に対して1万ポンドを贈った。

カートライト
Cartwright, John

[生]1740.9.17. ノッティンガムシャー,マーンハム
[没]1824.9.23. ロンドン
イギリスの急進的な議会改革主義者。多数のパンフレットを発行し憲法情報協会 (1780) ,ハムデン・クラブ (1812) を創設。その主張の大部分はのちに人民憲章のなかに具体化された。動力織機の発明で有名な E.カートライトの兄。

カートライト
Cartwright, Thomas

[生]1535
[没]1603.12.27.
イギリスの清教徒神学者。ケンブリッジ大学に学ぶ。宗教改革賛意を示したため,メアリー1世の即位とともに追放され (1553) ,彼女の在位中は国外に亡命。帰国後,ケンブリッジ大学のフェローとなるが,イギリス国教会の教規や制度を激しく批判したため,4度も国外に逃亡した。しかし不屈の意志をもって,エリザベス1世治下の清教主義運動の指導者として活躍した。また長老派主義をチャネル諸島に広めるためにも努力した。

カートライト
Cartwright, Alexander Joy

[生]1820.4.17. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]1892.7.12. ハワイ,ホノルル
現行の野球ルールの原型をつくった人物。ニューヨークのアマチュア野球チーム,ニッカーボッカー野球クラブの創設者の一人で,本職は測量技師。1845年チーム内に設けられた委員会の長としてルールを制定。翌 1846年ニュージャージー州ホーボーケンで行なわれたニッカーボッカー対ニューヨーク・ナイン戦で,このルールが初めて採用されたといわれる。ロビン・カーバーの "Book of Sports"(1834)を下敷きにしつつ,いくつかの重要な新規定を導入。走者をアウトにする際,ボールを投げて走者にあてる従来の方法に替え,守備側の者が塁にボールを送る方法を導入したのがその代表例で,これにより硬球の使用が可能になった。また,塁間を 90フィート(27.432m)に定めたのもカートライトとされている。

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百科事典マイペディアの解説

カートライト

英国の発明家。オックスフォード大学で神学を学び1779年牧師となる。1784年以後,高能率織機の発明に没頭し,1785年に力織機の特許を取得,以後も改良をつづけ,1789年には蒸気機関により織機を運転。力織機の利用により,1人の織布工が何台もの織機を同時に運転できることを原理的に可能にした。ほかに梳毛(そもう)機なども発明。1791年織物工場の建設を始めたが,動力織機出現による失業を恐れる織工により焼打ちされ,計画は頓挫してカートライトは破産,特許権は売り渡された。カートライトの力織機による製品の品質は,まだ手織機に及ばなかったが,その後も多くの人が力織機の改良を進め,1822年R.ロバーツによって実用化された。
→関連項目産業革命力織機

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世界大百科事典 第2版の解説

カートライト【Edmund Cartwright】

1743‐1823
イギリスの発明家。ノッティンガムの出身。オックスフォード大学で神学を学び1779年牧師となる。84年に偶然R.アークライトの紡績機械の特許が近いうちに切れ綿糸増産が可能となることを知り,今後織機の開発が必要と予感し,まったくの素人ながら指物師鍛冶屋の協力を得て試作にとりかかる。織機のもつ往復運動をカムやスプリングを用いて動力と連結するもので,85年の特許取得以来何度となく改良をすすめ,87年,92年と特許を取得した。

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大辞林 第三版の解説

カートライト【Edmund Cartwright】

1743~1823) イギリスの技術者。四〇歳まで牧師生活を送った。1785年最初の力織機をつくり、木綿工業の産業革命推進に貢献。

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精選版 日本国語大辞典の解説

カートライト

(Edmund Cartwright エドモンド━) イギリスの発明家。牧師。力織機・梳毛機(そもうき)などを発明。(一七四三‐一八二三

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世界大百科事典内のカートライトの言及

【織機】より

…これは,ひもを引くことにより杼箱の中からシャットルをはじきだすもので,緯入れ,緯打ちの能率は飛躍的に増大した(日本ではこの装置をバッタンと呼ぶ)。その後,産業革命の波に乗って発明された紡績機械と相呼応して,イギリスの牧師E.カートライトは1785年,開口,緯入れ,巻取りを動力で動かす織機を発明し,その後も改良を重ねて現在の力織機開発の基礎を作った(図11)。また1802年には踏木を踏むことにより,すべての操作を行わせる足踏織機がレードクリフWilliam Radecliffeによって発明された(図12)。…

【製綱機】より

…高速回転用にはハスケル型クローサーが使用される。なお製綱機は力織機を発明したE.カートライトによって考案されたといわれ,昔は長く張った糸に撚りをかけながら上撚をかけ,撚縮みに応じて装置を移動させて作業した。【近田 淳雄】。…

【綿織物業】より

…ところが18世紀後半以後,イギリスで綿織物をつくるための種々の機械がつぎつぎと発明され,綿織物生産は飛躍的に増大するとともに,綿織物工業は産業革命の重要な担い手ともなった。すなわち1733年のJ.ケイの飛杼(とびひ)の発明に始まった織機の改良は,64年J.ハーグリーブズの数個の紡錘をもつ多軸紡績機の発明,68年のR.アークライトによる水力紡績機の発明,さらに85年E.カートライトの蒸気機関を利用した力織機まで続き,綿織物工業は産業革命期のイギリスにおいて飛躍的な発展をとげた。 その後,綿織物工業はイギリスから他のヨーロッパ諸国,そしてアメリカに普及し,とくに19世紀末あたりからはアメリカ南部の綿花地帯に盛んになっていった。…

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