コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ガンガ朝 ガンガちょうGaṅga

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガンガ朝
ガンガちょう
Gaṅga

(1) インドのカルナータカ南部の王朝 4世紀末頃興り,マイソールの近くのカーベーリー川岸のタラカードを都として,デカンやタミルナードゥの強国に常に従属しながら領土を保ち,600年余にわたって存続した。しかし,11世紀にチョーラ朝に滅ぼされた。 (2) インドのオリッサの王朝 5世紀末に興り,カリンガナガルに都してオリッサ海岸部を支配した。最も隆昌であったのはアナンタバルマン (在位 1078~1142) のときであるが,その後はイスラム教徒の軍隊の攻撃によって衰え,1430年頃ガジャパティ朝のカピレーシュバラによって滅ぼされた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ガンガちょう【ガンガ朝 Gaṅga】

インドの王朝。マイソール地方を数世紀にわたって支配した王朝は西ガンガ朝とよばれ,この地方の開拓,灌漑,バラモン文化の移植と寺院建築に寄与した。その起源は不明であるが,東のタミル・ナードゥのバッラバ朝に従属して,5世紀ごろに有力となったが,次いでデカンのチャールキヤ朝ラーシュトラクータ朝に従属した。10世紀ブートゥガ2世のとき最も栄え,一時勢力はカルナータカ南部をこえてひろがり,都タラカードには石造寺院が建立された。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

ガンガ朝の関連キーワードコナーラクの太陽神寺院ブバネスワルカダンバ朝コナーラクパッラバ朝プリ

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android