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クスコ クスコ Cuzco

翻訳|Cuzco

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クスコ
クスコ
Cuzco

ペルー中南部,クスコ県の県都。別綴 Cusco。首都リマの東南東約 600km,アンデス山脈中の高原地帯にあり,ウルバンバ川上流部ビルカノタ川の支流ワタナイ川が流れるクスコ谷に位置する。

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デジタル大辞泉の解説

クスコ(Cuzco/Cusco)

ペルー南部の都市。アンデス山中、標高約3400メートルの高地にある。インカ帝国の首都として栄え、太陽神の神殿跡など多数の遺跡が残る。1983年「クスコの市街」として世界遺産文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

クスコ

ペルー南東部,同名県の県都。アンデス山脈中,標高3457mにあり,商業・観光都市インカ帝国の首都で,1533年F.ピサロに征服され,新市街がインカ都市の上に建設されたため,市内に〈太陽神殿〉やサクサワマン城塞などの遺跡がみられる。
→関連項目ビラコチャマンコ・カパク

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世界遺産情報の解説

クスコ

クスコは11〜12世紀頃に建設され、太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えました。ケチュア語で「ヘソ」を意味するこの都市には、あらゆる地方から人々が集まり、まさに世界の中心地とされていました。しかし、16世紀になるとスペイン人の征服がクスコにも及び、インカ帝国は一瞬にして崩壊します。太陽の象徴である黄金で彩られた神殿や宮殿が破壊され、金銀を手当たりしだい略奪され、インカが築いた精巧な礎石の上にスペイン風の教会が建設されました。インカ時代の美しく精巧な石組みと、スペインのコロニアルな建築物が融合したクスコは世界文化遺産に登録されています。

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世界大百科事典 第2版の解説

クスコ【Cuzco】

ペルー南部の同名県の県都。人口25万5568(1993)。アンデスの東山脈と中央山脈の間を北流するビルカノータ川のつくる谷にあり,標高3500m。インカ帝国の首都であった所で,現在は,観光都市としても著名。インカ帝国は1533年F.ピサロによって征服されたが,新しい市街は,この古いインカの都市の上に建設されている。かつては,市街は石壁で取り巻かれていたが,現在もその一部が残り,街路は狭く,インカ時代の石畳の道や石壁,アーチがいたるところに見られる

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大辞林 第三版の解説

クスコ【Cuzco】

ペルー南部の都市。アンデス山脈の海抜3500メートルの高原にある。1533年ピサロに征服されるまでインカ帝国の首都として繁栄。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クスコ
くすこ
CuzcoCusco

アメリカ中西部ペルー中南部の都市。クスコ州の州都。ウルバンバ川の上流、アンデス山脈の標高3399メートルの高原盆地に位置する。人口27万8590(1998)。かつてのインカ帝国の首都で、インカ帝国時代の遺跡が各所にみられ、ペルー最大の観光都市である。市街地は1983年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。また、南部ペルー山岳地帯の商業中心地で、盆地内で栽培される農・畜産物の集散地となっている。住民の大部分は先住民ケチュア人)で、手工業的な綿・毛織物や皮革加工品が生産される。市街はインカ時代の建物の土台の上にスペイン風の建物を建てたもので、インカ風とスペイン風の折衷された建築様式である。曲がりくねった石畳の街路と赤みを帯びた淡い褐色の瓦(かわら)屋根、白や黄や桃色の漆食(しっくい)壁の家、がっちりと積まれた石壁の家など趣(おもむき)のある町並みが続く。インカ帝国の太陽神殿跡に建てられたドミニコ会修道院など、30近いカトリック寺院、礼拝堂、修道院がある。毎年6月24日のインカの祭典「インティライミ(太陽の祭り)」には、世界各地から多くの観光客が訪れる。交通は主としてリマからの空路が利用される。[山本正三]

インカの遺跡

伝説によれば、古い時代、クスコ盆地にはサワセラ、アンタサヤ、グァヤなどの先住民族が住んでいたが、13世紀ごろインカ人がここに侵入して太陽神殿を築いたという。インカ人は、一説によればティティカカ湖から、一説によればクスコ南東のパカリ・タンプの洞窟(どうくつ)から出現し、その長であるマンコ・カパックが、女きょうだいのママ・オクヨを妃としてクスコに王朝を開いたとされているが、この初代の王から始まって、第8代のビラコチャ・インカまではすべて伝説上の人物であり、その時代のクスコについて、はっきりしたことはわからない。第9代パチャクティは、諸史料を総合して、実在したと確定できる最初のインカ(王)であり、彼のもとで、1430年代ごろからインカによる征服と拡大が始まり、それとともにクスコにおける太陽神殿の改築が始まって、市街整備や宮殿の新築が行われたと伝えられる。クスコ市都市計画の中心は、現在のアルマス広場の位置にあったワカイ・パタ、クシ・パタの二つの広場であった。インカの王は、死亡後もミイラとして保存され、生前の従者、臣下はすべて生者であるかのようにミイラに仕えたため、新しい王は、自らの家臣団と新宮殿をつくらねばならなかった。現在、アルマス広場の周りにある大部分の建物の基底部は、インカ時代の石壁をそのまま残しており、そのそれぞれがどの王のものか、16世紀記録者の証言に基づいていちおう比定されている。もっとも保存状態がよいのは、太陽神殿の石壁を基礎として建てられたドミニコ会修道院に向かってアルマス広場から通じているロレート通りの左右の石壁であり、修道院に向かって左が太陽の処女の宮殿、右が第11代インカ、ワイナ・カパックの宮殿のものとされている。ドミニコ会修道院の外壁の一部は、太陽神殿の湾曲した石壁を保存し、内部には付属小神殿の一部が残存する。
 ワカイ・パタの北の斜面にはマンコ・カパックの居城と称せられるコルカンパタ城の前面が残っており、さらにその上の丘の頂上には、巨石を組み合わせてつくられたサクサワマン砦(とりで)の遺跡がある。クスコ市の郊外には、このほか、ケンコ、タンプマチャイ、プカプカラなどのインカ期の遺跡が多く、また北方のウルバンバ川渓谷に沿って、ピサク、ユカイ、ウルバンバ、オリャンタイタンボなどの遺跡が並び、その奥の深い谷間には、マチュ・ピチュをはじめとして、スペイン征服以後インカの逃亡者たちが拠(よ)った集落や神殿の遺跡がある。また、旧インカ道に沿って、リマタンボ(タラワシ)、パウカルタンボなどに関所跡の遺構があるほか、クスコ南東のサン・ペドロ・デ・カチャには、アドベれんがと石でつくった創造神ビラコチャの神殿が残っている。
 以上のインカ期の建物の基礎を利用してつくられたクスコのスペイン植民地時代初期の宗教建築としては、上記ドミニコ会のそれのほかに、カテドラル教会、イエズス会、フランシスコ会、ラ・メルセ会の修道院など、植民地バロック様式の代表的な作品が多い。[増田義郎]

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世界大百科事典内のクスコの言及

【インカ文明】より

…ペルー南部高原にあるクスコを宇宙の中心とさだめ,15世紀から16世紀初めにかけて,アンデス一帯に大帝国をうちたてた南アメリカのインディオの創造した高文明。最大の版図は,北はコロンビア南部パストのアンカスマユ川から,南はチリ中部マウレ川に至る全長4000kmに及ぶ海岸地帯と高原,内陸部は東をアマゾン熱帯密林に接し,ボリビア,北部アルゼンチンを含む約300万km2にも及ぶ。…

【臍】より

…新約聖書《ルカによる福音書》2章にシリア総督クレニオが行った最初の人口調査の話があるが,これはシリア州の一地方ユダヤが大地のへそなので,ここから調査をすることになったのである。また,インカの首都クスコの名は〈世界のへそ〉という意で,インカ族はみずからの住むこの地を中心と思っていた。 プラトンは《饗宴(シュンポシオン)》の中で,人間にはもと男女,男男,女女の3種があって,それぞれ2体が合体した姿だったが,ゼウスの命を受けたアポロンが1体ずつに切り離した。…

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