クニマス(読み)くにます

知恵蔵 「クニマス」の解説

クニマス

かつて、秋田県田沢湖に生息したサケ目サケ科の淡水魚。ベニザケの陸封変種で、北海道の阿寒湖(あかんこ)などに生息するヒメマス亜種または近縁種と考えられている。体長30cm程度に成長し、黒色の婚姻色を呈する。田沢湖へ酸性河川の玉川の水を導入したことにより、1940年代の初めに絶滅したと考えられていたが、2010年、山梨県西湖に生息していることが確認された。かつて、西湖などにクニマスの受精卵が送られた記録があり、この子孫ではないかと考えられている。
クニマスは、田沢湖にのみ生息した固有種で、古くから漁労の対象とされていた。別名「木ノ尻鱒(ます)」とも呼ばれ、田沢湖の辰子(たつこ)姫伝説では、湖に投じた松明(たいまつ)がクニマスに変じたとされる。「お国の鱒」ということから、江戸時代にはクニマスの名で秋田藩主佐竹義和に献ぜられ、江戸にも移送されたと伝えられる。明治期末から、田沢湖でクニマスの孵化(ふか)放流事業も試みられていた。
1920年代に新種として認められ、学名は紹介者である京都大学の川村多實二教授(当時)の名にちなんで、Oncorhyncus nerka kawamuraeという。もともと田沢湖は流入河川がほとんどない湖だったが、日中戦争開戦(37年)に伴い、40年に国策として、電源開発と農業用水の確保を目的とした玉川の強酸性河川水の田沢湖への導水が開始された。以降、田沢湖は酸性化が進み、クニマスを始め、湖に生息する魚類がほぼ死滅するに至った。このため、環境省のレッドデータブックでもクニマスは絶滅とされていた。95~98年には、田沢湖町(当時)の観光協会が「深湖魚国鱒を探しています」というキャンペーンを多額の懸賞金を懸けて実施した。今回、西湖で再発見されたクニマスは、地元では「クロマス」と呼ばれ、かねてよりよく知られた魚であり、西湖漁業協同組合もクニマスではないかと、地元の水産技術センターに持ち込んだことがある。ただ当時の判定ではクニマスと認められず、そのまま長く存在が忘れられていた。
再発見のきっかけは、お魚タレントのさかなクンとして知られる東京海洋大の宮澤正之客員准教授が、京都大の中坊徹次教授の依頼でクニマスの絵を描くための参考に取り寄せたヒメマスのなかに西湖の「クロマス」があったこと。その特徴などから中坊教授らが精査。遺伝子解析などの結果、ヒメマスとは異なることが明らかになり、クニマスであると確認された。秋田県はクニマスの里帰りを目指して、プロジェクトチーム設立を予定している。

(金谷俊秀 ライター / 2011年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クニマス」の意味・わかりやすい解説

クニマス
くにます / 国鱒
[学] Oncorhynchus kawamurae

硬骨魚綱サケ目サケ科に属する魚で、絶滅種とされている。秋田県田沢湖(たざわこ)の特産種であった。田沢湖には宝暦(ほうれき)年間(1751~1764)以前から生息していたとされ、この時代にクニマスの名がつけられ、さらにキノスリマス、キノジリマスともよばれたことが伝えられている。比較的近年の、1903年(明治36)青森県十和田湖(とわだこ)から田沢湖に初めてヒメマス(ベニザケの陸封型)が移植されたが、その当時は少数ながら生息が確認されていた。1940年(昭和15)田沢湖を利用した水力発電所が完成したが、この際に発電の水量を調節するため、近くを流れる玉川から水を導入。玉川は酸性度の高い硬水で、これにより絶滅したといわれている。

 体形はヒメマスに似るが、ヒメマスよりえらの内側にある鰓耙(さいは)数が39~42個と多いこと、腸の始部に付随する幽門垂(ゆうもんすい)も30~60個と少ないこと、体色は全体に黒色で体とひれに黒斑(こくはん)がないこと、吻(ふん)の先端が鉤(かぎ)状に湾曲しないことなど、種々の特徴により1925年(大正14)に新種として報告された。田沢湖で生息中は、一年中100~300メートルの深所に好んですみ、冬季の産卵期には15~30メートルの浅所に移動して産卵した。

[疋田豊彦]

 クニマスの移植に関しては、山梨県の西湖(さいこ)および本栖湖(もとすこ)へ放流用の卵を運んだ記録があり、2010年(平成22)、西湖で確認された個体がクニマスであることが報告された。2019年に国際自然保護連合(IUCN)は本来の生息地以外に移されて生きている「野生絶滅」と判断した。

[編集部]

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