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クニャージ knyaz'

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クニャージ
knyaz'

ロシア貴族の呼称の一つで,「公」と訳される。古代スカンジナビアで種族共同体の首長を意味する Konungr,ないしは Kuningに語源をもち,9世紀ロシア最初の統一国家キエフ公国の権力を握ったリューリク家一族の者が公となったのが初め。のちキエフに首都をおいたリューリクの後継者は「大公」と称し,分封諸公に権威をふるった。公はそれぞれの支配領域の主権者で,貴族会議 (ボヤールスカヤ・ドゥーマ) の協力を得て実際の政治を行なった。キエフ大公の権威は 10~11世紀に絶頂に達したが,13~15世紀モンゴルの支配下では,キプチャク・ハン国の承認でウラジーミル大公位についた公が全ロシアの大公となった。 13世紀からはリトアニア (リトワ) 大公国の支配者 (ゲジミンの一族) も公と称するようになった。各公国には半独立の「分領公」のほか,封建的内乱で領地を失った「勤務公」がいたが,15~16世紀その数が著しく増加した。公は世襲で貴族の上層を占め,大きな特権が認められたほか,国政に参与し,しばしば大公君主権を掣肘したので,歴代の大公はその勢力の削減に努めた。その後,大公は皇帝一族の正式の称号となった。 18世紀からは公の称号は家柄に関係なく功績によって与えられることとなったが,十月革命後廃止された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クニャージ
くにゃーじ
князь knyaz' ロシア語

ロシアの公、侯の意。最初は種族、氏族の長の称号であった。リューリクによる国家形成後はその一族が公とよばれ、なかでもキエフを支配したものを大公(ベリキー・クニャージ)とよんだ。モンゴル支配時代には、ハンにより任命された者が全ロシアの大公と認められたが、モスクワなどの公国が自立性を強めると、大公を称するに至る。大公国内に属領をもつ皇子たちは分領公といわれた。14、15世紀モスクワ大公の強大化に伴い、分領公はしだいに大公に仕える勤務公となり、貴族の上層部を占めたが、大公の称号がツァーリにかわり、君主権の強化につれて、公の特権は失われ、世襲的なこの称号のみが残った。18世紀以後、皇帝が恩賞として公の称号を付与した。[伊藤幸男]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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