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グリジ Grisi, Carlotta

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グリジ
Grisi, Carlotta

[生]1819.6.28. ビシナダ
[没]1899.5.20. ジュネーブ
イタリアのバレリーナ。 1829年スカラ座のコール・ド・バレエの一員としてデビュー。 33年から数年間 J.ペローの相手役としてヨーロッパ各地を巡演。パリで T.ゴーチエに熱愛され,彼の台本による『ジゼル』 (1841) で大成功を収めた。このほか『エスメラルダ』『パ・ド・カトル』『パキータ』などの初演を踊り,ロマンチック・バレエ時代を代表する舞姫であった。

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百科事典マイペディアの解説

グリジ

イタリアの舞踊家。7歳でミラノスカラ座のバレエ学校に入学。イタリア各地を巡演中ナポリでJ.J.ペローに見出され,イタリアや英国で成功を収めたのち1840年パリにデビュー。

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世界大百科事典 第2版の解説

グリジ【Carlotta Grisi】

1819‐99
イタリアの舞踊家。7歳のときミラノ・スカラ座のバレエ学校に入る。同劇場少女バレエ団の主役となり,14歳のときイタリア各地を回る。ナポリでJ.ペローの目にとまり,指導を受け相手役となった。1840年ペローに伴われてパリに行きルネサンス座でデビュー。翌年オペラ座に招かれ歌劇の中の一場面で初出演を飾ったあと《ジゼル》の主役を踊ってその名を不朽のものにした。各国の舞台で好評を得,34歳でスイスに隠棲する。当り役は《ジゼル》のほか《4人と悪魔》《オンディーヌ》など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グリジ
ぐりじ
Carlotta Grisi
(1819―1899)

イタリアのバレリーナ。北イタリアの小村ビシナダに生まれる。テオフィル・ゴーチエ台本、ジュール・ペロー振付けのロマンチック・バレエの名作『ジゼル』の主役を初演(1841)したほか、『ラ・ペリ』『エスメラルダ』などを踊り、同時代のタリオーニとともに天上的な妖精(ようせい)を得意とした。のち、ペローと結婚したが、生活をともにしたのは約5年間であった。ゴーチエは彼女を終生愛し、夏にはジュネーブのグリジ邸に一家をあげて滞在したという。[市川 雅]

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367日誕生日大事典の解説

グリジ

生年月日:1819年6月28日
イタリアのバレリーナ
1899年没

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世界大百科事典内のグリジの言及

【ジゼル】より

…恋した王子アルブレヒトの裏切りにみずからの命を絶つ村娘ジゼルの悲恋を描いたもの。グリジのジゼル初演後,42年ペチパが改訂,ロシアをはじめ世界各地で公演された。パブロバ,ウラノワ,フォンテインなど多くのバレリーナがジゼルで盛名をはせた。…

【バレエ】より

…タリオーニと覇を競った舞姫はF.エルスラーで,前者が清純なおとめの役柄を得意としたのに反して,彼女は自由奔放な肉感的な踊りによって人気があった。さらに,最古のバレエの一つとして今日まで伝承される《ジゼル》(1841)を踊ったC.グリジがおり,これら三大舞姫がせり合って,19世紀前半はバレエの輝かしい全盛時代であった。それには詩人のゴーティエがあずかって力あったことも忘れてはならない。…

【ペロー】より

…種々の劇場で踊ったのち,1830年オペラ座でデビューする。のち世界各地で踊るが,ナポリで当時14歳のグリジを発見し,彼女を世に出すことを生き甲斐とし,その教育に努め,41年,パリのオペラ座において《ジゼル》の主役を踊らせることに成功する。その後ロンドン,ペテルブルグなどで振付をし,ことに後者においてはロシア・バレエの発展に大きく寄与した。…

※「グリジ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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