デジタル大辞泉 「舞姫」の意味・読み・例文・類語
まい‐ひめ〔まひ‐〕【舞姫】
1 舞を舞う女性。踊り子。ダンサー。
2
「五節は二十日に参る。侍従の宰相に、―の装束などつかはす」〈紫式部日記〉
[補説]書名別項。→舞姫
[類語]踊り子・踊り手・舞子・舞手・舞人・舞踊家・舞踏家・ダンサー・バレリーナ・バレリーノ
まいひめ【舞姫】[書名]




森鴎外(おうがい)の短編小説。1890年(明治23)1月、『国民之友』に発表。処女作。92年7月、春陽堂刊の『美奈和(みなわ)集』に収録。ベルリンに留学した、日本の若きエリート官僚太田豊太郎(とよたろう)は、そこで、自由と自我に目覚め、薄幸の踊り子エリスと恋仲になるが、そのために免官となる。やがて、親友相沢の計らいで、来独の日本高官に従って帰国できることとなるが、そのためにはエリスを捨てねばならず、事情を知った妊娠中のエリスは精神に異常をきたしてしまう。鴎外創始の流麗な雅文体で書かれた、浪漫(ろうまん)的香気の高い作品で、日本近代の黎明(れいめい)期における自我の苦悩をつづった問題作である。1888年、鴎外の帰国を追って来日した、エリーゼというドイツ女性があり、自伝的要素の強い作品である。
[磯貝英夫]
『『舞姫・うたかたの記』(岩波文庫・角川文庫)』
森鷗外の短編小説。1890年(明治23)1月《国民之友》に発表。東大法科出身の官吏太田豊太郎は法律研究のためベルリン大学に留学したが,仲間の讒言(ざんげん)で免官になり,貧しく美しい踊り子エリスと同棲する。しかし,ベルリンを訪れた天方伯と随行の友人相沢謙吉から帰国をすすめられたとき,生来の性格の弱さゆえに拒みきれず,発狂したエリスを残して帰国の船に乗る。鷗外自身に,ドイツ留学から帰国後,ドイツ女性が後を追って来日した事実があり,ドイツ体験の深層を虚構化したと目される問題作。太田の手記の形で知識人の内面の矛盾を描き,文体も文語体を基調に清新な近代性をそなえる。当時の水準を超えた傑作。
執筆者:三好 行雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報
…これに反対して,勝本清一郎は,〈正統なロマン主義〉の性格が,〈自由を求める精神,形式を破壊する精神,保守的勢力に対して革命的な精神,動的な自己主張の精神〉(〈《文学界》と浪曼主義〉)にあると考え,北村透谷の劇詩《楚囚之詩(そしゆうのし)》(1889)から《蓬萊曲(ほうらいきよく)》(1891)へ展開する過程に,その顕著なあらわれを見ている。この勝本の立場からは,佐藤春夫がロマン的作品として高く評価する鷗外青年期の訳詩集《於母影(おもかげ)》(1889)や小説《舞姫》(1890)は,その静的な形式美,節度,保守,妥協への希求,抒情への傾向において,酷評されざるをえない。しかし,ここにある対立は,単にヨーロッパのロマン主義のどこに文学史的な範型を求めるかの差にすぎない。…
※「舞姫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...