コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ケレイト ケレイト Kereit

3件 の用語解説(ケレイトの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケレイト
ケレイト
Kereit

モンゴルの一部族。ネストリウス派キリスト教を信仰。 13世紀初め,ワン・ハン (王罕) チンギス・ハンによって滅ぼされるまで2世紀にわたり,モンゴルでは最も文化程度の高い部族であった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ケレイト【Kereid】

12,13世紀にモンゴル高原のトラ川流域からハンガイ山脈方面にかけて居住した遊牧部族。ネストリウス派キリスト教を信奉していた。12世紀ごろ強大な部族国家的組織をもっていたらしい。12世紀末に部族長だったトグリルタタール部討伐の功によって,金朝からオン・ハンの称号を得た。彼はこのころからモンゴル部のテムジン(チンギス・ハーン)を援助していたが,1203年力をつけたテムジンに敗れ,ケレイト部は滅びた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケレイト
けれいと
Kereit

11世紀から13世紀初めにかけて、外モンゴルオルホン川、トーラ川流域を占めたモンゴル系遊牧民族。漢字では克烈と記す。西隣のトルコ文化の影響を受け、その支配者層はネストリウス派キリスト教を信奉した。12世紀の後半に、その国王のトグルルはワン・ハンと称し、当時、勃興(ぼっこう)したチンギス・ハンと対立して攻められ、1203年に殺されてケレイト王国は滅び、ケレイト人はモンゴル帝国に従属した。[佐口 透]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ケレイトの関連キーワードオノン川キエフ公国韃靼モンゴル高原モンゴル帝国蒙古オノン[川]オルドスオルホン[川]ヘルレン[川]

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone