コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

コンテインメント(英語表記)containment

翻訳|containment

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンテインメント
containment

第2次世界大戦後,共産主義の非共産主義諸国への浸透を防ぐためにアメリカ合衆国がとった政策で「封じ込め」政策と訳されることが多い。トルーマン・ドクトリンにこたえ,アメリカ議会が 1947年5月にギリシア,トルコ両国へ合計4億ドルの軍事,経済援助を与えることを決めたのに始まる。この動きは,東ヨーロッパ,バルカン半島その他へのソビエト連邦の政策を新しい全体主義の挑戦とみたアメリカが,反共諸国へ軍事援助を与えることによってソ連勢力の拡大を抑えようとする方針を内外に宣明したものであった。この方針の一つの基礎になったといわれているのが,ジョージ・F.ケナンがジェームズ・F.バーンズ国務長官に提出した建議書である。ケナンはそれに関連して 1947年7月発行の『フォーリン・アフェアーズ』誌に「ソ連の行動の源泉」と題する論文を発表し,そのなかで「ロシアの膨張的傾向に対する長期の,忍耐強い,しかし確固とした,用心深い阻止の政策」を提唱した。これは,軍事力をもってソ連を封じ込めるのではなく,周囲の西側諸国の経済発展をはかってソ連の勢力拡張を防ぐ性質のものであった。ケナン自身の後日の説明によれば,「まず米ソ関係を安定化し,共産主義がこれ以上伸びるのを防ぐ」という意図からであったという。しかし,アメリカ政府の対ソ政策はケナンの建議を一つの参考としながらも,しだいに軍事的封じ込めの色彩を濃くしていった。 1947年6月にはマーシャル・プランを発表し,1948年6月からそれに基づくヨーロッパへの経済援助を開始したが,これも封じ込め政策の一環であり,西ヨーロッパ諸国の経済復興に役立つとともに共産主義勢力の拡張を抑える効果を上げた。 1950年6月に朝鮮戦争が起こると,アメリカはそれを共産主義国の広範にわたる軍事的勢力拡大への着手と判断し,封じ込め政策をアジアへも拡大し,ドイツ連邦共和国 (西ドイツ) や日本の再軍備をもはかった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

鑑定留置

被疑者・被告人が精神障害などで刑事責任能力を問えない可能性がある場合に、精神・心身の状態を鑑定するため、被疑者・被告人を病院などの施設に留置すること。捜査機関が裁判所に請求し、認められた場合に、期限を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android