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コンラッド コンラッド Conrad, Charles, Jr.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンラッド
コンラッド
Conrad, Charles, Jr.

[生]1930.6.2. アメリカ,ペンシルバニア,フィラデルフィア
[没]1999.7.8. アメリカ,カリフォルニアロサンゼルス郊外
アメリカの宇宙飛行士。海軍に入隊 (1953) 。テストパイロットなどを経て,1962年第2期宇宙飛行士の1人に選ばれた。 65年8月ジェミニ5号で L.クーパーとともに地球を 128周。 66年9月にはジェミニ 11号で R.ゴードンとともに地球を 47周し,その間標的のアジェナ衛星とドッキングに成功。

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コンラッド
コンラッド
Conrad, Joseph

[生]1857.12.3. ウクライナベルジチェフ
[没]1924.8.3. ケント,ビショップスボーン
ポーランド生れのイギリスの小説家。本名 Józef Teodor Konrad Nalecz Korzeniowski。独立運動の闘士であった父の流刑地で幼時期をおくり,海に憧れ,長じてフランス船に船員として乗組んだ。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

コンラッド

米国に本社を置くヒルトン・ワールドワイドが持つホテルブランドの一つ。創業者コンラッド・ヒルトンの名前から取ったブランドで、最高級クラスに位置づけられる。ニューヨークロンドン、タイなどに計23軒ある。2005年に東京・汐留に国内第1号となる「コンラッド東京」を開業した。ヒルトングループは約100カ国で4600軒以上を運営する。

(2016-04-01 朝日新聞 朝刊 1経済)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

コンラッド(Joseph Conrad)

[1857~1924]英国の小説家。ポーランド生まれ。船員生活の体験の海洋小説のほか政治小説を発表。人間の倫理性の問題を追究した。作「ナーシサス号の黒人」「闇の奥」など。

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百科事典マイペディアの解説

コンラッド

英国の小説家。もとの名はヨーゼフ・テオドール・コンラート・コジェニオフスキ。ポーランド出身で,17歳のとき船員となり,のち英国に帰化,英語で小説を書いた。1894年海を離れて以後,《ロード・ジム》(1900年),《台風》(1903年)などの海洋小説,《ノストローモ》(1904年),《密偵》(1907年),《西洋人の眼に》(1911年)などの政治小説,アフリカを舞台にした中編《闇の奥》(1902年)などを発表。
→関連項目コッポラ

コンラッド

ソ連邦の東洋学者。2度にわたる日本留学を経て,ソ連における日本研究の先駆的存在となる。日本の古典から近代小説にいたる作品の翻訳,和露辞典の編纂などに関わる。論文集《西洋と東洋》(1966年)。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

コンラッド Konrad, Nikolay Iosifovich

1891-1970 ロシアの東洋学者。
大正3年(1914)日本に留学,東京帝大でまなぶ。6年帰国。のちレニングラード大(現ペテルブルグ大),モスクワ大などで日本学講座を担当。科学アカデミー東洋学研究所日本科主任を兼務。1970年9月30日死去。79歳。オリョール出身。ペテルブルグ大卒。編著に「日露大辞典」,訳書に「方丈記」「こゝろ」。

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世界大百科事典 第2版の解説

コンラッド【Joseph Conrad】

1857‐1924
ポーランド生れのイギリスの小説家。本名はコルゼニオフスキKorzeniowski。ポーランド独立運動にたずさわる小地主貴族の家に生まれ,幼いころ父母とともにロシアに流される。父母を失い,11歳のときクラクフの叔父に引き取られるが,このころ国外脱出の希望も重なって海への憧れが強まったと思われる。16歳のときマルセイユに移り,船員生活に入ったものの,武器密輸,恋愛,自殺未遂などさまざまなことがあったと伝えられる。

コンラッド【Nikolai Iosifovich Konrad】

1891‐1970
ソ連邦の東洋学者。ペテルブルグ大学卒業後,2度にわたって日本に留学し,東京帝国大学などで学ぶ。1917年二月革命の報を聞いてロシアに帰国,しばらくオリョールで教職につく。22年以降はペトログラード(まもなくレニングラードと改称)大学,ついでモスクワ大学で,いずれも日本学科を主宰し,また31年以後は科学アカデミー東洋学研究所の日本科主任を兼任して,ソ連における日本・朝鮮・中国研究の先鞭をつけるとともに,後進の指導に尽くした。

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大辞林 第三版の解説

コンラッド【Joseph Conrad】

1857~1924) イギリスの小説家。ポーランド出身。長年の船員生活に取材した海洋小説により、文明と自然の対立を背景に、人間の倫理的主題を追求した。代表作「ロード-ジム」「闇の奥」「台風」

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コンラッド
こんらっど
Joseph Conrad
(1857―1924)

イギリスの小説家。本名はヨゼフ・テオドール・コンラード・ナリェンチ・コルジェニオフスキ。帝政ロシア治下のポーランド、ボドリア県ベルディチェフで12月3日に生まれる。両親はいずれも地主貴族階級出身で、父アポロはペテルブルグ大学に学び、文学的素養の深い知識人。愛国心が強く、祖国独立のため地下運動に走り、ロシア官憲に逮捕され、流刑に処せられた。7歳で母を、11歳で父を失い孤児となったコンラッドは、以後、母方の伯父の手で育てられるが、やがて海にあこがれ、16歳で単身マルセイユに行き、フランス船の船員となる。20歳のときたまたまイギリス船に乗り組み、これを契機に英語を覚え始めたという。船員生活は1894年(37歳)まで続くが、この間に船長の資格をとり、また帰化手続を済ませイギリス国籍を得ている。彼が訪れた地域は、西インド諸島東南アジアオーストラリアをはじめ、アフリカの奥地コンゴ川上流にまで及び、この時期の体験や見聞が、のちに多くの作品の素材となった。
 創作欲に駆られ、海上生活中に書き始めた『オールメイアの阿房宮(あぼうきゅう)』は、5年がかりで脱稿し1895年に出版された。第三作『ナーシサス号の黒人』(1897)は野心と自負に満ちた作品で、彼の言によれば、「真の芸術家として立つか立てぬか、この一作に賭(か)けた」ものだった。これは批評家の認めるところとなり、彼の出世作となった。以後約15年間に、代表作、問題作の多くが書かれた。1913年『運命』が成功してようやく暮らしも楽になり、有名作家となるが、むしろ経済的に逼迫(ひっぱく)しつつ不慣れな英語に苦闘していた時期に優れた作品が多い。長編では『ロード・ジム』(1900)、『ノストローモ』(1904)、『密偵』(1907)、『西欧の眼(め)の下に』(1911)、中・短編では『青春』(1898)、『闇(やみ)の奥』(1899)、『台風』(1903)、『秘密の共有者』(1909)などがよく知られている。1924年8月3日、ケント州で没した。
 当初コンラッドは、ロマンチックな海洋小説作家あるいは異国情緒の冒険ロマンス作家とみられがちだったが、これは題材や物語の舞台にとらわれた皮相的見方で、今日では、人間の内奥に迫る倫理的作家とされている。文明の陰に潜む悪、物欲がもたらす精神的荒廃、社会的責任と裏切りなど倫理的主題に鋭い感覚をもつ。彼の文学的業績は1940年代以降改めて注目を浴び、現代文学に通じる作家として、高い評価を受けた。[高見幸郎]
『井内雄四郎訳『密偵』(1974・河出書房新社) ▽篠田一士訳『世界文学全集42 西欧の眼の下に』(1970・集英社) ▽中野好夫編『コンラッド』(1966・研究社出版)』

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世界大百科事典内のコンラッドの言及

【海洋小説】より

…海に囲まれたグレート・ブリテン島に定住した彼らは,1588年にスペインの〈無敵艦隊〉を破って以来,3世紀以上もの間,全世界の海を征服する強大な海洋国家を築いた。だから〈人間と海とが,いわば互いに浸透し合っている国――たいがいの人間の生活に海がはいり込んでいるし,人間の方でも,娯楽なり,旅行なり,または生計の道なりによって,海についてある程度,ないしは何から何まで知っている国〉と,コンラッドの小説《青春》(1902)の中でイギリスが描かれるのも当然であろう。 イギリスの近代小説の発生とほぼ同時に,デフォーの《ロビンソン・クルーソー》(1719)という,今日なお海洋小説の世界的傑作と認められている作品が生まれた。…

【ロード・ジム】より

…イギリスの作家J.コンラッドの長編小説。1900年刊。…

【日本研究】より

…東大国文科に学んだS.G.エリセーエフは,一時ペトログラード大学の教壇に立ったが,革命後亡命し,フランスとアメリカ合衆国で多数の日本研究者を育てた。他方,文学,言語学から歴史までの広い範囲にわたって活躍したN.I.コンラッドは,ソビエト期の日本研究者の養成に大きな役割を果たした。 ソビエト時代になると,1920年代にレニングラードとモスクワに東洋学研究所が設けられるなど,東洋学研究全体が新たな飛躍を遂げるが,そのなかで日本研究も従来の成果を踏まえながら,新たな分野を開拓していった。…

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