サクラソウ(その他表記)primrose
Primula

改訂新版 世界大百科事典 「サクラソウ」の意味・わかりやすい解説

サクラソウ (桜草)
primrose
Primula

美しい放射相称の花をつけるサクラソウ科の多年草。約600種が北半球の温帯から寒帯を中心に分化しており,多くの種が園芸植物として植栽される。通常は落葉性だが,外国の種類には常緑や低木状になるものもある。根茎は通常短く匍匐(ほふく)する。葉は托葉がなく根生し,単葉で倒卵形,長楕円形から腎円形まで変異に富む。全体に多細胞の関節毛や腺毛により分泌される粉状物がある。葉の間から花茎を伸ばし,散形状または輪生状に花をつける。花は両性花,5数性で,萼片,花弁,おしべはすべて5である。萼は筒状で5裂し宿存する。花色は紅紫色系,白色,黄色。花冠は高杯状または鐘状,細長い筒部があり,上部は通常は広く開き,5裂して裂片の先は2裂するか,ときに全縁。花柱が長くおしべが花筒の中央部に付着する長花柱花と,花柱が短くおしべが筒の先端に付着する短花柱花の2型花が同一種内に通常見られ,異株間交配に対する適応的な花形の例として有名である。子房上位で胚珠は特立中央胎座につく。果実は蒴果(さくか)で,球形または円柱形。小さな種子を多数いれる。おもに北半球の温帯から寒帯に分布し,とくに東部ヒマラヤから中国西部(雲南,四川)にかけて300種以上が集中して分布している。またクリンソウ近縁種がマレーシア,ジャワの東アジアの山地に,ユキワリソウの近縁種が南アメリカにも分布している。

 園芸種のプリムラは,クリンザクラ(プリムラ・ポリアンタ)P.×polyantha Mill.(雑種起源),アツバサクラソウP.auricula L.(ヨーロッパ原産),ケショウザクラプリムラ・マラコイデスP.malacoides Franch.(中国原産)などが有名で,多くの品種が作出されている。また日本産ではサクラソウやクリンソウが鉢植えや花壇で草花として楽しまれている。腺毛を有するものにはプリミンpriminという有毒成分があり,人によってはかぶれを引き起こすので,栽培管理に注意する。

 日本の野生種としては14種がある。葉が若いときに内巻きにたたまれているか,外巻きにたたまれているかということと,粉状物の有無で3群にまとめられる。

(1)ハクサンコザクラの仲間 革質のくさび形の葉が若いとき,内巻きにたたまれていることが特徴である。日本の中・北部の亜高山帯の湿性お花畑を彩る小型の草本。紅紫色の花をつけるハクサンコザクラP.cuneifolia Ledeb.ssp.hakusanensis(Franch.)Kitam.とエゾコザクラP.cuneifolia Ledeb.ssp.cuneifoliaはそれぞれ本州中部と北海道に,白色の花をつけるヒナザクラP.nipponica Yatabeは本州北部と互いに住み分けている。花茎や葉の粉状物の有無により,2グループに分けられる。

(2)ユキワリソウとその近縁種 粉状物を有する外巻きにたたまれた葉で特徴づけられる。ユキワリソウP.farinosa L.ssp.modesta(Biss.et Moore)Paxは亜高山帯から高山帯の岩場に生える草丈10cm前後の小型の植物で,葉裏などに淡黄色から白色の粉状物をつける。日本と朝鮮に分布し,また各地に特有の変種が分化している。クリンソウP.japonica A.Grayは粉状物があまり目だたないが,山麓の湿地に生え,大きな個体では長さ40cmの倒卵形の葉の間から1m近くにもなる輪生状の花序を4~5段につける。

(3)サクラソウ・イワザクラの類 やはり外巻きの葉を有するが,粉状物がなく,葉に多細胞の毛があり,明りょうな葉柄をもつのが特徴である。温帯の沢沿いの岩壁(イワザクラP.tosaensis Yatabe),落葉樹林下(カッコソウP.kisoana Miq.),湿地(サクラソウP.sieboldii E.Morren)などに生育している。ほかにもオオサクラソウP.jesoana Miq.,コイワザクラP.reinii Fr.et Sav.やその地方に特異的な変種も多く分化している。
執筆者: これらのうち,日本のサクラソウを代表する種はサクラソウP.sieboldiiで,北海道から九州までの四国を除く各地の高原,原野に広く分布し,朝鮮半島から中国東北部へかけても分布する。名称は花形がサクラに似るためつけられたものである。これをニホンサクラソウと呼ぶのは,不適当である。自生地では林間の湿性地や原野の草間に生え,ときに群生する。地中に根茎があり,春に発芽して5~6葉を根生し,中心から15cmほどの花茎を立て,5~10花をつける。葉柄は長く,葉は楕円形で周縁に鋸歯があり,柔毛がある。花は直径2cmほどで5裂し,先端が切れ込み,淡紅色でまれに白花もある。花後,球形の蒴果を結ぶ。新根茎は地際にでき,梅雨明けのころ葉が枯れて休眠する。

 夏の暑さと乾燥には弱いが,日本の気候風土に合っており,花は美しくかれんである。江戸時代の中ごろから,荒川の原野に野生するサクラソウから栽培が始まり,種子まきを繰り返すうちに,白,桃,紅,紫,絞りなどの色変りや,大小さまざまな花形の変り品が生まれ,名称をつけて品評した。栽培者は旗本や御家人など武士階級が多く,2~3のグループがあって,新品種の作出を競い合った。文化から天保にかけて(1804-44)が盛んな時代で,現在栽培される約250品種のうち,半数以上が江戸時代から株分けで伝えられたもので,品種ごとに鉢植えで育て,花時には配色よく段に飾る。
執筆者:

英語のprimroseはprimerole(最初に咲く花)から転訛したもので,和名も春先に咲く花の意味であり,バラやサクラとはまったく関係がない。ギリシア神話では,青年パラリソスParalisosが許婚を失った悲しみにやつれ死に,サクラソウに変身したと語られる。この話から,西洋文芸においては悲しみや死のシンボルに使われる。イギリスでは弔花あるいは棺を飾る花であり,春先に咲くことや,薄幸やはかなさとの連想などから花言葉も〈青春〉ないし〈若者〉。また若さにまかせた享楽的生活を比喩的に〈サクラソウの道primrose path〉という。ビクトリア朝期の政治家ディズレーリはこの花を愛したので,4月19日の彼の命日はPrimrose Dayと呼ばれ,市民はこの花を身につけるという。
執筆者:

双子葉植物。約28属1000種を有する。おもに多年草で,まれに茎の基部が宿存し小低木状になる。北半球の暖帯から寒帯を中心に分布する。通常,根茎か塊根がある。葉は単葉で,通常対生または輪生し,しばしば多細胞の関節毛または粉状物を有する。花は合弁が多く,大部分は放射相称で,通常5数性。5本のおしべは花弁と対生し,通常,花筒につく。子房は1室で上位ときに中位。中央に直立する胎座(中軸胎座)に多くの胚珠がつく。果実は蒴果で,種子には胚乳がある。ヤブコウジ科や,特殊な胎座の形からナデシコ目に類縁があるとされているが,反対する意見もある。きれいな花をつけ,サクラソウ類やプリムラ,シクラメンは園芸植物として重要である。オカトラノオ属のいくつかの種類は薬用に利用されている。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「サクラソウ」の意味・わかりやすい解説

サクラソウ
さくらそう / 桜草
[学] Primula sieboldii Morr.

サクラソウ科(APG分類:サクラソウ科)の多年草。地中浅くに根茎があり、よく繁殖して群生する。葉は数枚根生し、長楕円(ちょうだえん)形で縁(へり)に切れ込みがあり、柔毛を密生し、葉柄は長い。4~5月、20センチメートルほどの花茎を出し、先端から車軸状に紅紫色の花を数個開く。花は5弁、径約2センチメートル、花弁の先端に切れ込みがあり、基部は筒状となる。萼(がく)は5裂する。雄しべ5本、雌しべは1本。雄しべの位置と雌しべの花柱の長さの関係により、長花柱花、短花柱花の違いがあり、これは株によって決まっており、サクラソウの仲間に共通の特徴として知られている。

 四国と沖縄を除く各地の高原、原野に自生し、朝鮮半島から中国東北部、シベリアにも分布する。花弁の形や花色に変異が出やすく、選抜された園芸品種が多数ある。サクラに似た花形からサクラソウの名がある。ニホンサクラソウとよぶこともあるが、日本だけにあるのではなく大陸にも分布するので、この呼び名は適切ではない。

 サクラソウ属はヒマラヤを中心にした北半球の高地や寒地に約550種分布し、日本には十数種が自生する。中部地方から東北地方、北海道の一部の高山の雪田にはハクサンコザクラ(ナンキンコザクラ)、ヒナザクラ、ユキワリソウ、ユキワリコザクラ、オオサクラソウが、北海道にはエゾコザクラなどいずれも高山生の小形種が多く、関東地方中部以西にはカッコソウ(関東・四国地方)、イワザクラ(中部・四国・九州地方)、コイワザクラ(中部・関東地方)など山地生の中形種が多い。山地の渓流に多いクリンソウ(北海道、本州、四国地方)はもっとも大形で、花穂は数層も段咲きとなる。

 毎年秋または春に株分けし、用土を取り替え、新根を張らせるようにする。用土は腐葉土を混ぜた培養土を用いる。暑さと乾燥に弱く、ことに高山生の種は、日よけと灌水(かんすい)に注意して夏越しさせる。

[鳥居恒夫 2021年3月22日]

文化史

サクラソウは万葉・平安の書物には顔を出さない。その栽培は江戸時代に盛んになり、後期に多数の品種が出現するが、前・中期にはまだ少ない。日本最古の園芸書『花壇綱目(かだんこうもく)』(1681)には、「花薄色、白、黄あり」と二つの色変わりをあげるが、黄色とあるのはクリンソウと思われる。江戸の園芸が花開いた元禄(げんろく)時代(1688~1704)でも、貝原益軒の『花譜(かふ)』(1694)に紫と白、紅黄色の3品種、伊藤三之丞(さんのじょう)の『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1695)に紫と白の2品種しかみられず、続く『地錦抄付録』(1733)で8品種とナンキンコザクラが図示された。江戸でサクラソウが流行するのは安永(あんえい)年間(1772~1781)以降で、『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(1830)に「安永七、八年さくら草のめずらしきが流(はや)り、檀家(だんか)の贈り物として数百種を植え作る」とある。1804年(文化1)からは花の美しさを競う花闘(かとう)が始められた。また、幕末には『桜草百品図』(行方水谿(なめかたすいけい))が出る。

 野生のサクラソウは全国的に数を減らしており、サクラソウの自生地である埼玉県さいたま市の田島ヶ原(たじまがはら)は、1952年(昭和27)に特別天然記念物に指定された。

[湯浅浩史 2021年3月22日]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サクラソウ」の意味・わかりやすい解説

サクラソウ(桜草)
サクラソウ
Primula sieboldii

サクラソウ科の多年草。東シベリアなど東北アジアの冷温帯にも分布する。日本各地の山野の湿地に自生し,また観賞用に広く栽培される。地下の根茎から長い葉柄のある4~10cmの長楕円形の葉を多数出す。4月頃,葉間から直立する長い花茎を出し,その先に数個のピンクの花を散形状につける。花冠は直径約 2cmで5つに裂けサクラの花のように展開し,基部は筒状になる。おしべ5本は花冠の裂片と対生し,めしべの花柱は短いものと長いものがある。花色は白色,紅色,紅紫色などいろいろあり,また大きさにも変化が非常に多い。日本では江戸時代から盛んに栽培され,園芸品種の数は 200~300もある。これらを総称してニホンサクラソウという。日本産の同属のものには湿地に生じる大型のクリンソウ (九輪草)をはじめ,高山性のヒナザクラ,ハクサンコザクラ (白山小桜)ユキワリソウ (雪割草)などがある。

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世界大百科事典(旧版)内のサクラソウの言及

【プリムラ】より

…サクラソウ科サクラソウ属Primulaの植物は,北半球温帯域に約600種が分化している多年草であるが,日本産のサクラソウやクリンソウのように美しい花をつける種が多く,重要な園芸植物の一群となっている。日本では外国産のサクラソウ属園芸植物をプリムラと称することが普通で,ここでは外国産のもの,あるいは外国で観賞用に品種改良され,多く栽培されるものをとりあげる。(1)プリムラ・マラコイデス(和名ケショウザクラ,オトメザクラ)P.malacoides Franch.(英名fairy primrose)(イラスト)は中国雲南省原産。…

【プリムラ】より

…サクラソウ科サクラソウ属Primulaの植物は,北半球温帯域に約600種が分化している多年草であるが,日本産のサクラソウやクリンソウのように美しい花をつける種が多く,重要な園芸植物の一群となっている。日本では外国産のサクラソウ属園芸植物をプリムラと称することが普通で,ここでは外国産のもの,あるいは外国で観賞用に品種改良され,多く栽培されるものをとりあげる。(1)プリムラ・マラコイデス(和名ケショウザクラ,オトメザクラ)P.malacoides Franch.(英名fairy primrose)(イラスト)は中国雲南省原産。…

※「サクラソウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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