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サボイア家 サボイアけ Savoia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サボイア家
サボイアけ
Savoia

イタリアの名門家系。初めサボイア伯,次いでサルジニア王,さらにイタリア王となった。 11世紀に神聖ローマ皇帝コンラート2世からサボイア伯に任じられたウンベルト・ビアンカマーノ (?~1048頃) が始祖で,その後しだいにピエモンテに勢力を拡大した。

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デジタル大辞泉の解説

サボイア‐け【サボイア家】

Savoia》イタリアの王家。11世紀初め、神聖ローマ皇帝からサボイア伯に任じられたウンベルト1世により創始。1720年、サルデーニャ王国を建国。1861年、イタリア王国成立とともにビットリオ=エマヌエレ2世が国王に即位。1946年、共和制の成立により王位を失う。

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世界大百科事典 第2版の解説

サボイアけ【サボイア家】

本来は11世紀にフランスブルゴーニュ地方の封建領主であったウンベルト1世白手公に始まる家系である。その後,征服と婚姻政策によって,フランス南東部からイタリア北西部(サボア,バレ・ダオスタ,ピエモンテ)にわたる大領土を獲得し,15世紀にはサボイアSavoia公国を形成し,16世紀半ばにはエマヌエレ・フィリベルトにより絶対君主制が確立される。このように起源的にフランスの影響を強くうけたサボイア公国も,16世紀中にはピエモンテ中心のイタリア国家の性格を強める。

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大辞林 第三版の解説

サボイアけ【サボイア家】

〔Savoia(サボアのイタリア語名)〕
イタリアの王家。アルプス地方に興り、1720年以降サルデーニャ王国を領有、1861年イタリア王国を建設し、70年イタリア半島を統一したが、第二次大戦後廃絶。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サボイア家
さぼいあけ

第二次世界大戦直後までイタリアに君臨した王家。11世紀に、ブルゴーニュ公国の有力な家臣の一人であるウンベルト1世(「白い手」と称される)を始祖としてアルプス地方のサボア(サボイアSavoia)におこり、神聖ローマ皇帝コンラート2世からモリエンヌの伯爵領を授与された。13世紀から15世紀にかけてピエモンテ地方に領土を広げ、1416年に公国となるが、概して18世紀初頭まで国土はアルプス地方のフランスとスイス方面に偏っていた。15世紀なかば以降フランスとオーストリアとの対立、抗争の間にあって、しばしば小国の悲運を味わったが、ルイ14世の時代になると列国の勢力均衡を利用しつつ地歩を拡大し、スペイン継承戦争(1701~14)の結果、シチリアなどの領土を獲得し、かつ王号を得た(1713)。しかし1720年シチリアと交換にサルデーニャを得てサルデーニャ王と称した。フランス革命ナポレオン体制下で本土の領土をすべて失ったが、ウィーン体制とともに旧領を回復し、さらにジェノバを併合したサルデーニャ王国はイタリア第一の雄邦となり、ビットリオ・エマヌエレ2世は1861年イタリアの統一(リソルジメント)を実現した。しかし第二次大戦後の1946年、国民投票により共和制が誕生すると、同家は廃絶となった。[重岡保郎]

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世界大百科事典内のサボイア家の言及

【ジュネーブ】より

…このため,都市支配をめぐってジュネーブ伯と司教は長期にわたって争い続けたが,1124年,ビエンヌ大司教の調停によって司教が都市領主として正式に君臨することになった。 13世紀後半以降になるとサボイア家がジュネーブに支配の足場を築き始め,今度はサボイア家と都市君主たる司教および在地貴族の闘争が展開された。この闘争の間隙をぬって市民もしだいに自治体制を築いていった。…

【トリノ】より

… ローマの軍事植民市アウグスタ・タウリノルムAugusta Taurinorumとして建設され,6世紀にランゴバルドの公領,8世紀にフランクの伯領となる。9世紀以降領有をめぐって抗争が続き,1131年にサボイア家がトリノ伯を名のったが,すぐに追放され,36年神聖ローマ皇帝の保護のもとに自治都市(コムーネ)となった。この後1世紀以上に及ぶサボイア家との抗争が繰り返され,1280年最終的に同家の領有に帰した。…

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