ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説
ビットリオ・エマヌエレ3世
ビットリオ・エマヌエレさんせい
Vittorio Emanuele III
[没]1947.12.28. アレクサンドリア
イタリア王 (在位 1900~46) 。 1900年父王ウンベルト1世の暗殺後,即位。最初の 10年間は G.ジョリッティ首相の自由主義政策に協調して大過なく過ぎた。第1次世界大戦では好んで前線におもむき,17年のカポレットの大敗の際に徹底抗戦を指示して全軍の再建に努めた。 22年 10月 28日,ファシストによるローマ進軍の圧力を受けてムッソリーニに組閣を命じ,ファシスト独裁政権に道を開いた。ファシスト政権のもとでは国家の象徴として利用され,36年エチオピア皇帝,39年にはアルバニア王の称号も与えられた。 43年7月 24日,深夜のファシズム大評議会がムッソリーニ首相の不信任を決めると翌 25日ムッソリーニを逮捕し,P.バドリオ元帥を後継首相に任命したが,反ファシズム諸党派が国王とムッソリーニの連帯責任を糾弾して国王の退位を要求したため,44年6月息子のウンベルトに全権限を委譲,国王の称号を帯びたまま公職から退いた。第2次世界大戦後,君主制の存廃をめぐって国民投票が行われることになると,世論の好転をはかるために投票日の1ヵ月前の 46年5月に正式に退位を表明し,エジプトに亡命。投票の結果は君主制廃止が多数を占め,イタリアは共和国となった。
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