シカゴトリビューン(読み)しかごとりびゅーん(その他表記)Chicago Tribune

精選版 日本国語大辞典 「シカゴトリビューン」の意味・読み・例文・類語

シカゴ‐トリビューン

  1. ( The Chicago Tribune ) アメリカ日刊新聞。一八四七年創刊

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「シカゴトリビューン」の意味・わかりやすい解説

シカゴ・トリビューン
しかごとりびゅーん
Chicago Tribune

アメリカの中西部最大の日刊紙。創刊は1847年6月。1855年から1899年にかけて、経営にあたったメディルJoseph Medill(1823―1899)の下で急速な発展を遂げた。南北戦争のときは大統領リンカーンを支持し、奴隷制度に反対した。マコーミックの経営下(1914~1955)では共和党右派の孤立主義を支持、また、大統領ルーズベルトのニューディール政策にまっこうから反対の論陣を張った。1948年の大統領選挙の際には「デューイトルーマンを破る」と、実際は民主党のトルーマンが勝ったのだが共和党のデューイ勝利という誤報を流した。有名なスクープは日本の真珠湾攻撃の前日にアメリカの第二次世界大戦参戦計画を暴露した報道である。経済商況面、スポーツ面に特色をもつ。2008年に親会社の大手メディア企業トリビューン社が破産法の適用を申請したが、新聞発行を含む多くのメディア事業は継続している。2009年の発行部数は平日版46万6000部。

[鈴木ケイ・木村綾子]

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改訂新版 世界大百科事典 「シカゴトリビューン」の意味・わかりやすい解説

シカゴ・トリビューン
Chicago Tribune

アメリカの日刊紙。1847年スクリップスJohn L.Scrippsらにより《シカゴ・デーリー・トリビューンChicago Daily Tribune》として創刊された。1855年,J.メディルJoseph Medillらが経営・編集に参加してから有力新聞に急成長した。共和党の創立を支援,リンカン大統領当選に力を尽くし,南北戦争時には全国的に注目される新聞になった。1910年から同じくメディル一族のJ.M.パターソンとR.R.マコーミックの経営陣のもとで繁栄,20-30年ではアメリカで最も部数の多い新聞の一つであった。21年にはニューヨークで《デーリー・ニューズDaily News》を創刊している。ローズベルトニューディールには激しく反対した。現在は,政治イデオロギー色のうすれた,アメリカ中西部の有力紙である。現在の部数は約68万,96年度では全米部数ランキングの7位を占めている。93年10月から,小学生以下を対象にした〈キッズ・ニュース〉(当初は毎火曜日刊)を出した。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シカゴトリビューン」の意味・わかりやすい解説

シカゴ・トリビューン
Chicago Tribune

旧名『シカゴ・デーリー・トリビューン』。 1847年に創刊されたシカゴ市の代表的新聞。地域にある孤立主義的傾向を反映しているうえ,有名な経営者マッコーミック大佐の方針社説はかなり保守的な共和党色を帯びている。ニュースは充実している。 74年同系夕刊紙『シカゴ・トゥデー』の廃刊を機に,終日新しい版の出回る全日版実施に踏切った。発行部数は朝刊 68万 535,土曜版 60万 9151,日曜版 104万 6777 (1997) 。

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