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シンハラ Siṁhala

大辞林 第三版の解説

シンハラ【Siṁhala】

スリランカに居住するインド-アーリア系民族。スリランカの総人口の七割以上を占め、その多くは仏教徒。シンハリ。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

百科事典マイペディアの解説

シンハラ

スリランカにおいて総人口の70%以上を占める民族。前6世紀に北インドより来住したといわれ,原住民(ベッダ)を征服しシンハラ王朝を建設したが,19世紀にイギリス人に滅ぼされた(キャンディ王国)。
→関連項目シンハラ語スリランカ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シンハラ
しんはら
Shinhala

スリランカの総人口約2000万(2002年推計)のうち、約74%を占める多数派民族。言語はインド語派のシンハラ語。大部分がテーラワーダ仏教徒だが、キリスト教徒もいる。神話では北インドの王子と家来の一行がセイロン島に漂着し、先住民を制圧して定住したのがシンハラ民族の起源という。紀元前3世紀、インドから仏教が伝来し、王室の保護を受けて栄えた。13世紀までに大規模な灌漑(かんがい)施設を備えた仏教王国が続けて中部乾燥地帯に栄えたが、その後分裂した。16世紀になるとポルトガル、次いでオランダが沿岸部を支配し、香辛料等の独占貿易を行った。このときにキリスト教の布教が始まる。19世紀初頭、イギリスがシンハラ最後の王国であった中央高地のキャンディを制圧して全島を支配下に置く。その後、1948年に独立を果たすが、西欧流の教育を受けた特権階級が独占する政府に民衆の不満が増大し、シンハラ語の単一国語化、仏教の国教化などを掲げたシンハラ民族主義が高まり、政治もその傾向を強めた。その結果、少数民族のタミルやムスリムの間に疎外感が生まれ、民族間の激しい対立は内戦状態に発展した。2009年、政府軍はタミル武装集団LTTEを武力制圧するが、30年近い内戦の傷あとは深い。
 そのなかでシンハラは独自の文化と社会をはぐくんできた。スリランカはアジアとヨーロッパ、中東を結ぶ海の交易路の中継点にあり、歴史を通じて多くの人々や文化が流入し定着した。仏教社会だがカースト制度は習慣的な分類として残り、シンハラ語にはサンスクリットやタミル語、ポルトガル語などの外来語が含まれている。また人種的にも多くの近隣の民族が混合していることは否定できない。シンハラ仏教ナショナリズムがこうした自らの文化の混交性を受け入れ、他の民族に同等の権利を保障しながら、ともに新しい国家建設を行うことが今後の大きな課題だろう。[足羽與志子]

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