ジョアン[6世](英語表記)João VI

世界大百科事典 第2版の解説

ジョアン[6世]【João VI】

1767‐1826
ポルトガル王。在位1816‐26年。マリア1世の子。ポルトガル史上最も混乱に満ちた時代に病気のマリア1世に代わって国政をあずかった(1792)。ナポレオン大陸封鎖令に服さなかったため,1807年フランス軍の侵略を受け,同年11月摂政ジョアンは本国統治イギリス人ベレスフォードにゆだね,宮廷もろともブラジルに亡命した。イギリスの圧力で調印されたブラジルの開港(1808),イギリス・ポルトガル通商条約(1810)はポルトガルの経済に壊滅的な打撃を与えた。

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世界大百科事典内のジョアン[6世]の言及

【ポルトガル】より

…中世のポルトガル教会では他の西欧カトリック諸国同様に古い聖歌が歌われ,一般社会には民衆的な歌を歌い歩く,また種々の弦・管・打楽器を奏して歩く楽師たちがいたことはまちがいない。15~16世紀のルネサンス時代になるとアフォンソ5世,ジョアン3世ら,音楽好きの王がポルトガルに目だち,宗教的な多声合唱音楽をはじめ,世俗歌曲,初期の劇音楽なども発展をみせた。16世紀の主要な作曲家には人文主義者のゴイス,パイバHeliodoro de Paiva(1502?‐52),カレイラAntónio Carreira(1525ころ‐89ころ)らがある。…

【マリア[1世]】より

ポンバル侯を退けたが,彼の政策はそのまま継承された。1792年発狂して国政から遠ざけられ,ドン・ジョアン(のちジョアン6世)が摂政についた。ポルトガルは18世紀末から植民地交易と国内産業の発展でかなりの繁栄をみるが,1807年フランス軍が侵入したため,王室はブラジルに亡命,以後急速に衰退した。…

※「ジョアン[6世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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