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グナイスト グナイスト Gneist, Rudolf von

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グナイスト
グナイスト
Gneist, Rudolf von

[生]1816.8.13. ベルリン
[没]1895.7.22. ベルリン
ドイツの法律家,政治家。ベルリン大学で法律を学び,F.K.サビニー歴史法学ヘーゲルの哲学,L.vonシュタインの社会学の影響を受けた。 1845年ベルリン大学教授,59~93年プロイセン下院議員,67~84年ドイツ帝国議会議員,75年最高裁判所判事

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デジタル大辞泉の解説

グナイスト(Rudolf von Gneist)

[1816~1895]ドイツの法学者・政治家。イギリス憲政史の研究家で、ドイツ立憲君主制の確立に貢献。明治憲法制定の際、渡欧した伊藤博文らに憲法学行政学を講じた。

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百科事典マイペディアの解説

グナイスト

ドイツの公法学者,政治家。裁判官,ベルリン大学教授,帝国議会議員を歴任した。英国憲政史の研究で有名。伊藤博文が憲政調査に渡欧の際に師事した。その門人モッセは来日して明治の立憲制度確立に指導的役割を果たした。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

グナイスト Gneist, Heinrich Rudolf Hermann Friedrich von

1816-1895 ドイツの法学者,政治家。
1816年8月13日生まれ。ベルリン大教授,ドイツ帝国議会議員。明治15年(1882)渡欧した伊藤博文らに憲法について教授して君主制・行政権強化の理論を説き,明治政府顧問に門弟のモッセを推薦,のちの明治憲法に影響をおよぼした。1895年7月22日死去。78歳。ベルリン出身。ベルリン大卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

グナイスト【Rudolf von Gneist】

1816‐95
ドイツの法学者,政治家。ベルリン生れ。ベルリン大学でサビニーの影響を受ける。イタリアフランス,イギリスの憲政の実情を研究し,帰国後裁判官,1845年よりベルリン大学教授(ローマ法)。イギリス地方自治制の研究を通じて,議会制の基礎をなす地方名望家層の重要性を強調,また行政裁判所を基軸とする法治国論を唱えた。政治家としては国民自由党に属し,58年よりプロイセン議会,68年より帝国下院議員として,多くの立法に関与。

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大辞林 第三版の解説

グナイスト【Rudolf von Gneist】

1816~1895) ドイツの法学者・政治家。ベルリン大学教授。憲法調査のため渡欧した伊藤博文らが教えを受けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グナイスト
ぐないすと
Heinrich Rudolf Hermann Friedrich von Gneist
(1816―1895)

ドイツの法学者。8月13日ベルリンに生まれる。ベルリン大学に学んだのち、1858年より同大学ローマ法教授。その間地方裁判所裁判官(1836~1850)、下院議員(1858~1893)、帝国議会議員(1868~1884)、最高裁判所裁判官(1875~1877)を務めた。政治的には国民自由党の闘士として憲法制定問題に活躍し、彼の『現代英国憲法および行政法』全2巻(1857、1860)はとくに名声を博した。伊藤博文(ひろぶみ)らが憲法調査のため渡欧した際には、約6か月にわたって伊藤らに憲法の講義を行い、憲法政治の利害を教授した。その内容は『西哲夢物語』のなかに「グナイスト氏談話」として伝えられている。伊藤が大日本帝国憲法制定の際にとった、欽定(きんてい)主義、行政権の強化、起草の秘密主義は、グナイストの教えによるものであり、グナイストは明治政府の法律顧問となった教え子のモッセを通じて、間接的に憲法起草に大きな影響を与えた。晩年には、フリードリヒ3世の皇子に憲法の講義もしている。[佐藤篤士]

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世界大百科事典内のグナイストの言及

【ドイツ】より

…明治維新政府は〈富国強兵〉の名のもとに,近代国家の建設に努めたが,そのモデルとしては,はじめイギリスが考えられたが,明治14年(1881)の政変以後,伊藤博文らの主張するプロイセン・ドイツ型の国家がその模範となった。伊藤は翌年ヨーロッパ各国の憲法制度調査のため渡欧し,主としてベルリン大学のグナイスト,モッセ,ウィーン大学のL.vonシュタインのもとで研究を進め,また1878年から15年間にわたって日本政府の法律顧問として滞在したレースラーの協力もあって,ドイツ帝国に範をとった明治憲法および国家体制が整えられた(法典編纂)。兵制に関しては,1870年には海軍はイギリス式,陸軍はフランス式の方針であった。…

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