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スタンラン スタンランSteinlen, Théophile-Alexandre

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スタンラン
Steinlen, Théophile-Alexandre

[生]1859.11.10. ローザンヌ
[没]1923.12.14. パリ
スイス生れのフランスの挿絵画家,版画家。ゾラの小説に感動し 19歳のときパリに出た。生活のために版画の下絵かきとなり,のちに挿絵画家,商業デザイナーとして活躍。 1880年頃モンマルトルに住み,大衆誌『ジル・ブラス・イリュストレ』や『ル・リール』などに挿絵をかいた。彼の挿絵は社会の不正と悲惨に人間的な憤りと同情を寄せたもので「町のミレー」と称された。

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百科事典マイペディアの解説

スタンラン

フランスの画家,版画家。スイスのローザンヌに生まれ,1882年以後パリで活動。パリの下層民,労働者の生活を主題とした,風刺と感傷をあわせもつ絵で知られる。本の挿絵や,ロートレックの影響を思わせるポスターも描いている。
→関連項目ビヨン

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世界大百科事典 第2版の解説

スタンラン【Théophile Alexandre Steinlen】

1859‐1923
スイス出身の画家,版画家。ローザンヌ生れ。1882年以降パリに住む。彼が今日記憶されているのは油彩よりも,新聞・雑誌の挿絵として制作した石版画デッサンによる。それらは当時のパリの庶民生活の哀歓を巧みに写しており,その風俗性はときにドーミエを思わせるものがある。社会的関心も強く,しばしば下層民をテーマとした。風刺性というよりは感傷性を伴った彼の作品は,そのためもあってか当時人気を博し,またパリに出たての若きピカソにも感銘を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スタンラン
すたんらん
Thophile-Alexandre Steinlen
(1859―1923)

スイスのローザンヌに生まれ、フランスに帰化した画家。スイスで教育を受けたが、ゾラの小説の社会的テーマに強い関心を抱き、1882年にパリに出る決心をする。パリではモンマルトルに住み、若い詩人や芸術家のたまり場であったキャバレー「シャ・ノワール」に出入りするとともに、同名の雑誌にデッサンを寄稿してデビューする。ポスターや挿絵や本の表紙を手がけるほか、大衆向けのものやアナーキズムないし社会主義の急進的な新聞・雑誌のためにも版画を制作したが、その際しばしば雅号を用いた。彼はパリの街々を徘徊(はいかい)し、社会の底辺に生きる人々に同情のまなざしを向け、自らの作品が社会改革への促しになることを望んだ。作風はいくぶんじみだが、パリの街の生活を、誠実に力強く描いた点にその特徴がある。[大森達次]

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