コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

タッパー タッパーTupper, Sir Charles

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タッパー
Tupper, Sir Charles

[生]1821.7.2. ノバスコシア,アマースト
[没]1915.10.30. ケント,ベックスレイヒース
カナダの政治家。首相 (在任 1896) 。医学を学び開業医として成功したが,1855年ノバスコシア植民地下院に選出されて政界に入った。保守党に属し,64~67年ノバスコシア植民地首相に就任。政敵 J.ハウの強固な反対にあったが,北アメリカにおけるイギリス植民地の統合,コンフェデレーションを推進,建国の父祖の一人となった。 70年に J. A.マクドナルド内閣に入閣,78年公共事業 (鉄道・運河建設) 担当相となり,カナダ太平洋鉄道の建設を促進した。 84年にカナダの高等弁務官 (大使) としてロンドンへおもむき,87~88年マクドナルド内閣で蔵相をつとめた期間を除き,96年までこの職にとどまった。同年指導者難に悩んでいた保守党は彼を呼戻して首相の座に据えたが,6ヵ月後の総選挙で保守党は敗れ,自由党に政権を譲り渡した。 1900年まで保守党党首をつとめたが,この年落選して政界から引退した。

タッパー
Tupper, Martin Farquhar

[生]1810
[没]1889
イギリスの著述家。慣用の格言や教訓を語呂よく述べた『諺の哲学』 Proverbial Philosophy (1838~76) の著者。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

タッパー【Charles Tupper】

1821‐1915
カナダの政治家。保守党に属する。ノバ・スコシア植民地首相(1864‐67)として政敵J.ハウの反対にもかかわらずノバ・スコシアをコンフェデレーション参加へ導き,〈カナダ建国の父〉の一人として知られる。ハウの影響力の強かったノバ・スコシアではその後連邦脱退の動きが強まるが,タッパーの尽力により鎮静化。第2次マクドナルド内閣に鉄道運河担当相として入閣(1879‐84)し,1885年に完成するカナダ・パシフィック鉄道の敷設に携わる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

食器・調理器具がわかる辞典の解説

タッパー【Tupper】

ポリエチレン、ポリプロピレンなどのプラスチック製で、ふたで密封できる容器。煮汁の多い料理の持ち運びや冷蔵庫で食品や料理を保存するのに用いる。食品を入れる容器の部分がガラスやほうろう引きのものを含めることもある。◇1946年にアメリカのタッパーウェア社が販売。1963年から日本でも販売された。同社の登録商標であるが、商品の普及とともに一般にも用いるようになった。「タッパーウェア」ともいう。

出典|講談社食器・調理器具がわかる辞典について | 情報

タッパーの関連キーワードダート・アンド・クラフト[会社]セビアン グローバーノバ・スコシアタッパーウエアフードコンテナおくはらあいクラフトボーデン

タッパーの関連情報