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タバータバーイー タバータバーイーal-Tabātabā'ī, Sayyid Muḥammad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タバータバーイー
al-Tabātabā'ī, Sayyid Muḥammad

[生]1903
[没]1981.11.15. コム
現代イランにおける宗教界の最高権威者で,しばしばアッラーメ`Allāmeh (大学者) という称号を冠して呼ばれた。イスラム教十二イマーム・シーア派の教義を解説し現代的意味をもたせることに努力した。コーランの注釈をはじめ,多数の著書がある。主著『イスラムにおけるシーア主義』 Shī`eh dar Islām。

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世界大百科事典 第2版の解説

タバータバーイー【Ṭabātabā’ī】

1843‐1921
イラン立憲革命期(1905‐11)のテヘランにおける指導的立憲派ウラマーの一人。代々続いたムジュタヒドの家柄に生まれた。シェイフ・ハーディー・ナジョムアーバーディー,ミールザー・ハサン・シーラージーらに師事し影響を受けた。イスラム復興のために啓蒙教化活動の必要を説き,自ら新方式のイスラミーエ学院を開設。第1議会(1906‐08)にはアルメニア人代表として選出された。【八尾師 誠】

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20世紀西洋人名事典の解説

タバータバーイー
Tabātabā’ī


1843 - 1921
イランの社会運動家,革命家。
代々続いたムジュタヒドの家柄に生まれる。イラン立憲革命期のテヘランの指導的立憲派ウラマーの1人。ミールザー・ハサン・シーラジーやシェイフ・ハーディ・ナジョムアーバーディの影響を受け、イスラム復興のため、啓蒙教化運動の必要性を説いた。新方式のイスラミーエ学院を設立し、1906〜08年開催された第一議会で、アルメニア人代表として選出される。

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