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ティクリート ティクリートTikrit

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ティクリート
Tikrit

イラク中北部の都市。チグリス川西岸にあり,首都バグダードから北西約 160kmに位置する。 10世紀にはすでに有名な要塞や大規模なキリスト教修道院があり,町は毛織物の生産でもたらされた富で繁栄した。 14世紀末チムールによるメソポタミア侵攻で破壊され往時の面影を失ったが,20世紀に入って再び発展した。アイユーブ朝の始祖サラディン (1137/38~1193) ,イラクの元指導者サダム・フセイン (1937~2006) の生地として知られている。

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デジタル大辞泉の解説

ティクリート(Tikrīt)

イラク中部、サラーフアッディーン州の都市。同州の州都。バグダッドの北西約160キロメートル、チグリス川沿いに位置する。12世紀にアイユーブ朝を建てたサラディンの生地。14世紀末、チムール帝国に攻撃されて衰退。フセイン元大統領の出身地であり、大統領宮殿などが建設された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ティクリート
てぃくりーと
Tikrt

イラク中部、サラーフ・アッディーン州の州都。タクリートTakrtともいう。バグダードから北西に直線距離160キロメートル(バグダードからティグリス川を遡(さかのぼ)ること230キロメートル)、ティグリス川右岸に位置する。人口2万8900(2002推計)。現在の住民は、少数のクルド人を除き、大多数がスンニー派(スンナ派)アラブ人である。イラクの元大統領サダム(サッダーム)・フセインの出身地であり、フセイン政権の強固な支持基盤であった。近代的な都市であり、市の南部にはティグリス川沿いに広大な大統領宮殿が、北部にはティクリート大学が、西部には鉄道駅がある。周辺には三つの空港がある。
 12世紀にティクリートを訪れたアラブ人旅行者イブン・ジュバイルは、広大な市域を有する大きな町で、市場は繁栄し、モスクの数も多いと述べている。アイユーブ朝の創始者であり、十字軍を撃破したサラーフ・アッディーン(サラディン)が生まれた土地としても有名である。しかし、14世紀末ティームール(ティムール)軍の攻撃により廃墟と化した。20世紀初頭になってもみすぼらしい泥壁の家が並ぶだけで、筏(いかだ)づくりを除けばこれといった産業はなかった(蒸気船時代にはティグリス川はバグダードまで小型蒸気船で航行できたが、バグダードから上流は筏を利用できるにすぎなかった)。この町がふたたび歴史の表舞台に現れるのは、フセインを含むこの地域の出身者がバース党と軍部の主要ポストを掌握してティクリート閥(ばつ)を形成して以降である。1976年にはティクリート地域は、サラーフ・アッディーン州という名称で独立した州となり、ティクリートに州都が置かれた。大規模な投資が行われ、近代的な都市に成長した。なお、フセイン政権崩壊後、アメリカ軍は地下に潜伏したフセインを指名手配したが、2003年12月になってティクリート近郊の農家で拘束した。[吉田雄介]

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