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デュピュイトラン Guillaume Dupuytren

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世界大百科事典 第2版の解説

デュピュイトラン【Guillaume Dupuytren】

1777‐1835
フランスの外科医。リムーザン県ピエル・ビュフィエールで生まれ,パリのオテルデュー病院の外科医長兼臨床外科学教授として令名をはせた。1812年下顎骨切除に初めて成功,次いで外腸骨動脈鎖骨下動脈の結紮(けつさつ)に成功するなど,当時興隆しはじめた病理解剖学を基礎にして精力的に新手術法を開拓した。外傷性動脈瘤に注目,また人工肛門の成形手術を考案。23年ルイ18世の侍医となり,次のシャルル10世にも仕えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デュピュイトラン
でゅぴゅいとらん
Guillaume Dupuytren
(1777―1835)

19世紀前半のヨーロッパでもっとも盛名を得たフランスの外科医、病理解剖学者。リモージュの南、ピエール・ブフィエールに弁護士の子として生まれる。初め軍人を目ざすが、父の命令で外科医を目ざすことになり、17歳でパリに出て試験に合格、解剖助手になり、1年で1000体の解剖を行い、所見を整理し、標本を整備した。1802年オテル・ディユ病院の外科助手、1815年に主任となった。彼の日課は、毎朝6時の日診から始まり、夜遅くまで、多少の余暇があれば病理解剖室で過ごした。患者には親切であったが、病院スタッフには「冷血」で知られた。彼の名を冠する病気、症状も残っている。[中川米造]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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