改訂新版 世界大百科事典 「トビムシ」の意味・わかりやすい解説
トビムシ (跳虫)
spring-tail
トビムシ目Collembolaに属する昆虫の総称。熱帯から極地,高山帯にまで分布する。おもな栄養源は,植物質,腐植質,菌糸,胞子で,落葉の中や湿った腐植土に多いが,生活圏は広く,草原,樹上,洞窟の奥,シロアリやアリの巣内,水面,雪上,雪渓や氷河の上にすら見いだされる。生活様式や形態の分化も著しい。そのほとんどが体長5mm以下と小さいので目だたないが,個体数はきわめて多く,日本の森林内では1m2当り5万個体以上の密度に達しているのがつねである。
このような繁栄と関係があると思われる,高い機能をもった固有の運動器官がトビムシにはある。第4腹節にある跳躍器furca(叉状(さじよう)突起)と呼ばれる器官がそれである。この器官の筋肉が収縮すると,腹面に曲げ込まれた跳躍器は,勢いよく後方にのび,その瞬間激しく地面をたたく。このひとたたきで,体長の100倍程度の距離までも跳べる。この種の運動器官は,他の昆虫はもちろん,近縁の動物にも見当たらない。もっとも地中でくらすトビムシでは跳躍器は退縮している。
体型は球状,円筒状,小判状などと多様。地表や葉上でくらすものには,紅色,藍色,紫色など鮮やかな体色を示すものもある。翅は終生現れない。複眼はなく,頭の両側に8個,またはそれ以下の小眼を備えた眼斑(がんぱん)がある。洞窟や地中深いところでくらすものには眼はまったくない。触角は4節であるが,その一部が二次分節しているものもある。カマアシムシやコムシの類と同じく,大あごや小あごが平素は頭蓋の内側に引き込まれている内腮口(ないさいこう)で,本来はかじり型の口であるが,なめ型や吸い型に特殊化したものもある。脚は基節,転節,腿節(たいせつ),脛胕節(けいふせつ)からなり,他の昆虫と違って跗節が区別されない。腹節数も昆虫としては例外的に少なく,わずか6節。しかも一部が融合することがあり,とくにマルトビムシ類では3胸節が合体し,第1~4腹節も完全に融合している。腹端には肛門が開口し,尾状の構造はないが,第4腹節腹面には前述の跳躍器があり,第3節腹面にはこれを保持する1対の突起(保体)がある。また第1節の腹面には2葉に分かれた粘管(腹管)があるので粘管類の名もある。下唇からこの管まで溝が通じており,口からの分泌物で管の表面はつねに湿っている。発生上は第1腹脚に相当するものであるが,吸着・吸水機能のほか,呼吸にも利用されている。生殖孔は第5腹節に開いているが,外部生殖器はなく,間接受精を行う。成長の過程で目だった変態はしない。5~7回内外の脱皮で成虫となるが,性成熟後も脱皮を繰り返す。
一時に大量に現れ,農作物の苗や新芽に大害を与えることもあり,とくにシロトビムシ(別称トビムシモドキ)類Onychiurusのムギの発芽部への加害や,ヒメトビムシ(ムラサキトビムシ)類Hypogastruraの栽培キノコ類への食害などがよく知られている。
トビムシのもっとも古い化石はスコットランドのデボン紀層から発見されているが,これは昆虫の化石としても最古のものである。現在までに世界各地から約2000種が記載され,日本からはミズトビムシPodura aquatica,ヒメトビムシHypogastrura communis,ホラズミトビムシAnurida speobia,ヤギシロトビムシ(ヤギトビムシモドキ)Onychiurus pseudarmatus yagii,フォルソムトビムシFolsomia fimetaria,オゼアヤトビムシEntomobrya ozeana,ミズマルトビムシSminthurides aquaticusなど約300種が知られている。
執筆者:今立 源太良
トビムシ (跳虫)
端脚目ヨコエビ亜目の甲殻類の総称,あるいはこれに属する特定の種類を代表する呼名としても用いられる。ヨコエビ類Gammarideaは,河川や池沼などにふつうに見られるヨコエビGammarusおよびこれに近似の種類で代表される。これらは陸上に出ると跳躍して運動するので,一般にトビムシとも呼ばれる。また,陸生種を多く含むハマトビムシ科Talitridae(英名sand hopper,sand flea,beach flea)に属する種類も一般にトビムシと呼び,この名が和名につけられている。ハマトビムシOrchestia platensisは体長10mmくらい。淡紅色ないし灰色地に褐色の斑紋があり,触角は比較的短いが,第1触角はとくに著しく短く,第2触角の柄部末端に達しない。日本各地の湿地,湖沼や海浜の砂中に穴をあけて生息し,地上に出ると敏しょうに跳躍する。近似のニホンヒメハマトビムシO.p.japonicaは海浜に打ち上げられた海藻の下のほか,内陸の落葉の下などにも見られる。オオハマトビムシO.ochotensisは北海道の海岸や半鹹水(はんかんすい)に生息し,ヒゲナガハマトビムシTalorchestia britoは北海道および本州の潮間帯付近の砂に穴をあけて生息している。Hyalella属のものでは南アメリカの4000mもの高所の渓流や静水にすんでいることが知られている。
執筆者:蒲生 重男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報