ハム・セム語族(読み)はむせむごぞく(その他表記)Hamito-Semitic

翻訳|Hamito-Semitic

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハム・セム語族」の意味・わかりやすい解説

ハム・セム語族
はむせむごぞく
Hamito-Semitic

西アジアから北部および東部アフリカにかけて話されてきた言語群の総称。セム・ハム語族ともいわれる。

[柘植洋一]

名称

セム語族ハム語族をひとまとめにした概念で、両語族が言語学的に親縁関係にあるという考えを表している。しかし、セム語族については、その名前のもとに含まれる諸言語が系統的に密接な関係にあることは確かなものの、ハム語族という名称は問題を含んだ表現である。すなわち、通常はエジプト語リビア・ベルベル語、クシ諸語チャド諸語がハム語族に分類されるわけであるが、これら四つの言語(群)は互いに近い関係にあって、かつて一つのまとまりをなしていたというのではなく、セム語族の周辺に分布し、おのおのがセム語と個別的になんらかの関係にあるというのが実情である。したがって厳密にハム「語族」とよべるまとまりは存在しないのである。

 こうした事情も反映して最近ではハム・セム語族Hamito-Semiticという名称にかわって、アフロ・アジア語族Afro-Asiaticという用語のほうが、より広く使われている。これは、ハム語族というものは存在しないことを明確に示したもので、分布地域がアフリカとアジアにまたがっている点からの名付けである。また近年では、クシ諸語の一部を独立させて、オモ諸語とする主張も強くなされている。なお、紅海語族Erythraic(エリトラ海=紅海)などの名称も提唱されているが、一般化してはいない。

[柘植洋一]

セム語族

東・北西・南西の3語派に分かれる。

[柘植洋一]

東セム語派

古代のメソポタミア地方で話されていたアッカド語がこの語派を形成する。もともとメソポタミア南部にはシュメール人が高い文化を築いていたが、そこに入ってきたアッカド人はそれを受け継ぎ、シュメール人の発明した楔形(くさびがた)文字で自分たちの言語アッカド語を書き記した。資料は紀元前25世紀から紀元後1世紀と長期にわたって存在する。とくに前二千年紀から前一千年紀初めにかけては、オリエント世界の共通語としての性格をもち、広い地域で用いられた。なお、アッカド語は北のアッシリア語と南のバビロニア語の2方言に分かれるので、バビロニア・アッシリア語ともよばれる。

[柘植洋一]

北西セム語派

シリア・パレスチナ地域の言語で、代表的な言語としては、ウガリト語ヘブライ語フェニキア語アラム語があげられる。それに、近年発見された前三千年紀中期という、古いシリアのエブラ語も、あるいはこの語派に属するかもしれない。ウガリト語は前14~前13世紀ころの地中海東岸の都市ウガリトの言語で、楔形文字アルファベットで書かれた。ヘブライ語はまとまった重要な資料として『旧約聖書』をもつが、紀元前後にはアラム語にとってかわられ、日常語としては用いられなくなった。以後はユダヤ人の宗教語・教養語としてのみ使われたが、19世紀から本格的な復興運動が起こって新しい日常語として再生され、現在ではイスラエルの公用語となっている(現代ヘブライ語)。フェニキア語は地中海の交易に活躍したフェニキア人の言語で、その植民地北アフリカカルタゴの言語はポエニ語とよばれる。前12世紀から後5世紀に至る資料をもつが、これは22文字からなる、アルファベット原理に基づくフェニキア文字で書かれた。ギリシア文字をはじめとし多くのアルファベットはこれから発展したものである。アラム語は前一千年紀初めから現在に至る。本来はシリア地方の言語であるが、前7世紀以降はアッシリア、新バビロニア、ペルシアの各帝国の公用語となり、それまでのアッカド語にかわってオリエント世界に広く用いられた。その後東と西の方言に分かれたが、なかでももっとも重要なのはシリア語で、キリスト教関係をはじめとする多くの文献を残した。しかしアラム語は7世紀以後、イスラムの進展に伴うアラビア語の拡張に押され、現在その話者は諸方言すべてをあわせても、数十万人ほどしか存在しない。

[柘植洋一]

南西セム語派

アラビア語、南アラビア語、エチオピア語からなる。アラビア語はアラビア半島の遊牧民の言語であったが、イスラム教とともに7世紀以後急速に東西に広まった。いまでは東は中央アジア、イラクから、西は北アフリカに及ぶ広い地域で多数の人に話されており、文化的・政治的にも重要な言語である。南アラビア語は、「幸せのアラビア」とよばれるアラビア半島南部の言語で、サバ王国のサバ語などの前5世紀~後6世紀ころの、南アラビア文字で書かれた資料が残る。現在ではイエメンとオマーンでいくつかの方言が話されているが、話し手の数はわずかである。エチオピア語は、南アラビア語の話し手が紅海を渡って現在のエリトリアおよびエチオピア北部の高原地帯に入り、そこで土着の言語と接触した結果生まれたもので、ゲエズ語(古典エチオピア語)は紀元後4世紀からのまとまった資料をもつ。現代エチオピア語のなかではアムハラ語が1500万人以上の母語人口をもち、そのほかにティグリニア語、ティグレ語、グラゲ語、ハラル語などがある。

[柘植洋一]

ハム語族

エジプト語

古代エジプト語およびその最終段階であるコプト語を含む。現在は死語である。

[柘植洋一]

リビア・ベルベル語

古く北アフリカの地中海沿岸で話されたリビア語(リビア・ヌミディア語)と、現在でもマグレブ諸国を中心にサハラ一帯に分布するベルベル語を含むが、両者の関係は十分明らかになってはいない。

[柘植洋一]

クシ諸語

エチオピア、エリトリア、ソマリアを中心にその南北にも分布する言語群で、東、中央、南、の3グループに分けられる。代表的な言語としてソマリ語、オロモ語(ガラ語)などがある。

[柘植洋一]

オモ諸語

エチオピアのオモ川周辺域に分布する。上述のように、独立した言語群とせずに、クシ諸語の西クシ語として分類する考えもある。

[柘植洋一]

チャド諸語

アフリカ内陸部のチャド湖周辺で話される数多くの言語を含むが、代表的なものは西アフリカ最大の交易語として広い通用範囲をもつハウサ語である。

[柘植洋一]

比較研究

セム語の資料は、おのおのの言語についてはばらつきがあるものの、前三千年紀から現在に至るまでのものが存在するが、ハム語族に関しては資料的制約が大きい。すなわち、やはり前三千年紀にさかのぼるエジプト語を例外として、ほとんどはここ1、2世紀の記録が知られるだけであり、十分な記述のなされていない言語も数多く残されている。したがって、各言語・語派の古い状態を再建することは多くの場合きわめて困難であり、ハム・セム語族の比較研究は容易ではない。比較研究においてまず最初に打ち立てられるべき音韻の対応を得ることはむずかしく、基本的な単語についてもすべての語派にわたって対応の得られる例はほとんどない。

 しかし、M・コアンの『ハム・セム語族の語彙(ごい)および音韻論に関する比較試論』(1947)以後、近年とくに活発に研究が進められており、I・M・ディアコノフの『セム・ハム諸語』(1965)をはじめとして、着実に成果が積み重ねられてきている。さらに、ハム・セム語族をインド・ヨーロッパ語族と結び付けようとする試みも繰り返しなされているが、十分に説得的な成果を得るには至っていない。

[柘植洋一]

類型論的特徴

ハム・セム語族に属する言語の多くにみられる構造上の特徴には次のようなものがある。(1)母音の数が少なく、それに対して子音の数が比較的多いこと。たとえばセム語では、元来母音は短母音がa、i、u、長母音がā、ī、ūのそれぞれ三つだけだったと思われる。(2)子音において無声音―有声音という対立に加えて、強調音とよばれる系列の音が存在し、3項の対立をなすこと。(3)調音点が後ろ寄りの子音(口蓋(こうがい)垂音、咽頭(いんとう)音、声門音)を多くもつこと。これは時代をさかのぼるほどはっきりとみられる特徴である。(4)代名詞は独立形と、名詞・動詞に接尾的につけられて所有(私の、君の、など)、動作の対象(私を、君を、など)を示す非独立形の二つのセットをもつ。(5)単語は、基本的意味を担う語根(多くは3子音からなる)と、文法的機能を示す母音パターンとの組合せからなる。

[柘植洋一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「ハム・セム語族」の意味・わかりやすい解説

ハム・セム語族 (ハムセムごぞく)
Hamito-Semitic

セム・ハム語族Semito-Hamiticともいう。19世紀以後,ハム諸語とセム諸語とが同系であるとの想定の下に与えられた名称。しかし,アラビア半島を中心とするセム語族と北アフリカの〈ハム語族〉(ハム語)とをハム・セム語族の二大語派とする通説は現在では否定されており,誤解を招きやすいこの名称の代案として,紅海語Erythraean,アフロ・アジア語族Afro-Asiatic(1950年,アメリカの言語学者J.グリーンバーグによる)等の呼称が提唱されている。なお,今日学界に多くの賛同者を見いだしている,グリーンバーグによる名称・分類法に関しては,〈アフリカ〉の項目中の[言語]の記述を参照されたい。
セム語族 →ハム語
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「ハム・セム語族」の意味・わかりやすい解説

ハム・セム語族【ハムセムごぞく】

北アフリカを中心に分布するハム語とアラビア半島,メソポタミアを中心とするセム語族が同系であるという考えに基づいて想定された語族名。しかしこの説は現在否定されており,かわりにアフロ・アジア語族などの名称が使われる。
→関連項目ハウサ語ベルベル諸語

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界の主要言語がわかる事典 「ハム・セム語族」の解説

ハムセムごぞく【ハムセム語族】

「セムハム語族」のページをご覧ください。

出典 講談社世界の主要言語がわかる事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のハム・セム語族の言及

【バーセリー族】より

…言語はイラン系。サファビー朝以来,近隣のアラブの支配下にあったが,1861∥62年,自立してファールス州東部に遊牧する他の4部族と同盟してハムセKhamseという部族連合を結成した。人類学者F.バースによってすぐれた調査報告《南部ペルシアの遊牧民》(1961)が残されているが,これによると部族のテント数は3000であった。…

【バーセリー族】より

…イラン南西部ファールス州に遊牧する部族。言語はイラン系。サファビー朝以来,近隣のアラブの支配下にあったが,1861∥62年,自立してファールス州東部に遊牧する他の4部族と同盟してハムセKhamseという部族連合を結成した。人類学者F.バースによってすぐれた調査報告《南部ペルシアの遊牧民》(1961)が残されているが,これによると部族のテント数は3000であった。冬営地はシーラーズの東と南東部,夏営地は北東部である。…

※「ハム・セム語族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

ベートーベンの「第九」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android