ロシア連邦シベリア南部,ブリヤート共和国とイルクーツク州にまたがる湖。チュルク語系の言葉で〈(獲物の)豊かな湖〉の意とされる。三日月状で長さ636km,最大幅79km,面積3万1500km2,湖面標高455m,最深点は湖面から1620m(1742m説もある)で,その位置はほぼ中央部にあたり,世界最深。水量は2万3000km3であり,透明度は40mを超える。湖岸線はおおむね単調で,両岸は切り立った崖が多く,湖面から比高約1500mの急斜面がそびえる部分もみられる。流入する300をこえる河川が湖岸に形成する三角州(とりわけセレンガ川のつくったものが最も著しい),雁行する西岸山脈の一部が湖面に沈んで島となったオリホン島,同じ原因で形成された島が東岸とつながって陸繫島となったスビャトイ・ノース岬の突出などが,湖岸線の単調さを破る。
バイカル湖は北東~南西方向に発達した大きな地溝帯に沿って形成されたもので,3段の沈降が行われて水をたたえるに至った。また,この沈降は今も続いていると思われ,まれに地震も発生する。特徴ある湖盆形態は特異な地方風を発生させる。〈サルマsarma〉と呼ばれる風速40m/sの北西風が秋から初冬にかけて吹き,風下側の岸を5mもの波高をもつ高潮がおそう。春秋の季節に結氷しないときは湖面の水温が高く湖岸一帯の大気の冷却をさまたげるため,湖全体が一種のヒートアイランドを形成するので,湖岸はイルクーツク市よりも気温が10℃ほども高い。表面水温は最暖月(8月)で9~12℃(湖岸では20℃に上昇し,遊泳できる),1~5月には結氷する。
湖は第三紀に海から切り離されたため,湖棲生物には多くの固有種が見られる。最も著名なものは淡水にすむバイカルアザラシ,胎生魚ゴレミャンカ(カジカの1種)である。オームリ(サケの1種),ハリウス(カワヒメマス類)などの漁獲もあるが,前者は数年間ごとの禁漁期間を設け急減を避けている。
バイカル湖の水は西端に近いリストビャンカ村とバイカル市の間から,北西にアンガラ川となって流れ出る。リストビャンカ村にはロシア連邦科学アカデミーの湖沼学研究所,ボリショイ・コトにイルクーツク大学付属水棲生物研究所がおかれている。1969年に環境保護と自然の適正利用に関する特別法が制定された。おもな港は,バブシキン,バイカリスク,スリュジャンカなどである。
バイカル湖は1620年代からロシア人に知られたと考えられる。多くの詩や民話を生んだが,特に老酋長バイカルと長女のアンガラの物語はよく知られ,湖尻近くにある巨岩はバイカル老人の投げたものとされている。
執筆者:渡辺 一夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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