公共芸術。美術館やギャラリーのような専用展示施設ではなく、公園や市街地、あるいは各種公共施設の敷地や建物内などに恒久的に設置される美術作品、もしくはそうした設置計画の総称。既存の作品が他所から移設されてくる場合もあるが、地方自治体がクライアントとなって、アーティストに対して設置計画に即した新作を発注する形で事業展開されるケースが主流を占める(委託によって成立していることから、このような事業形態をコミッション・ワークと呼ぶ)。
しばしば町おこしと結びつけられ、また都市計画やランドスケープ・デザインと並行して考えられることの多いパブリック・アートだが、芸術作品の公共性を問う議論は、古代ギリシアにまでさかのぼる古い歴史を持っている。ドイツの哲学者ユルゲン・ハバーマスによれば、芸術の公共性を保証する公共圏という概念は18世紀には成立していた。また第一次、第二次両世界大戦間の1930年代のアメリカでは、事業促進局(WPA=Works Progress Administration)がニューディール政策の一環として「連邦美術計画」に基づいて公共建築のためにアーティストを動員し、バスや飛行機のターミナルや放送局、学校、集団住宅などを壁画で飾り、修景事業とアーティストの失業対策とを同時に展開したこともある。
こうした長年の理論や実践の蓄積は、60年代になってパブリック・アートという新たな動向として花開く。ちょうどこの時代には、美術館の外に展開の場を求めるアースワークやサイト・スペシフィック(特定の場所と分かちがたく結びつく美術作品の性質)な作品が隆盛を迎え、美術と公共空間との関係に対する高い関心を生みだしていた。ラス・ベガスのけばけばしいネオンサインを、むしろ都市の生態系に即した機能として肯定的に評価してみせた建築家ロバート・ベンチューリらの議論も、都市計画としてのパブリック・アートを肯定する役割を果たしている。
また積極的な文化支出を働きかけるフランスの文化政策に影響を受ける形で、1963年にはアメリカで、大規模な公共施設の建築にあたって、総予算の1パーセントを芸術作品の購入や設置に充当することを定めた「1パーセント法」が成立。法による制度的擁護とフィランスロピー(社会貢献)に基づく支援を得るパブリック・アートの動向は、以後一層勢いづくことになった。その国際的な影響は日本にも及んでおり、東京の「ファーレ立川」(米軍基地の跡地を利用し、7街区とデパート、映画館、ホテルなどで構成される。1994)や横浜の「ゆめおおおか」(上大岡駅再開発事業の一環として建設された大規模ビル。1997)のような大規模なプロジェクトをはじめ、各自治体でも積極的にパブリック・アートを取り入れた修景事業が実施されている。もっとも、バブル期の拝金主義を反映した華美な作品の設置などには、むしろ本来の都市景観を損ねているという批判も少なくない。
ところで、パブリック・アートをめぐる議論のうち、けっして回避できないのがパブリックという概念の二重性である。古代の洞窟絵画や宗教芸術を引き合いに出すまでもなく、芸術は昔から公共的な存在と考えられており、それゆえその専用展示施設である美術館は誰に対しても開放されている。ところがパブリック・アートは、本来パブリックであるはずの美術作品に屋上屋を架すかのように再度パブリックと命名し、また作品展開の場を美術館という美術の公共性を保証する施設の外に求めるなど、歴史的に形成されてきた美術の公共性をめぐる社会的合意と多くの点で対立している。パブリック・アートをめぐる議論がさらに深められねばならない所以(ゆえん)だが、その意味で、昨今急速な発展を遂げたインターネットは、パブリック・アートの新たな展開の場としても注目に値する。無限で、また原理上誰に対しても開かれているが、しかし積極的な関与なしには空間そのものの共同性が明らかにならないインターネットの性格は、まさにパブリック・アートの本質にも対応するものと考えられる。
[暮沢剛巳]
『ロバート・ヴェンチューリほか著、石井和紘ほか訳『ラスベガス』(1978・鹿島出版会)』▽『ユルゲン・ハーバーマス著、細谷貞雄ほか訳『公共性の構造転換』(1994・未來社)』▽『カトリーヌ・グルー著、藤原えりみ訳『都市空間のなかの芸術』(1997・鹿島出版会)』
(山盛英司 朝日新聞記者 / 2007年)
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