洞窟絵画(読み)どうくつかいが

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

洞窟絵画
どうくつかいが

3万~1万年前、ウラルからイベリア半島まで、主としてフランス南西部とスペイン北部の諸洞窟に描かれた絵画をいう。1879年アルタミラ洞窟で絵画が発見されたが、その年代が旧石器時代にまでさかのぼることが学界で認められたのは、1902年になってのことである。現在、約120の洞窟で絵画があることが知られているが、質と量の両面から研究上重要とされるのは10ほどである。フランスではコンバレル、フォン・ド・ゴーム、ラスコー(ドルドーニュ県)、ニオー、ポルテル、レ・トロワ・フレール(アリエージュ県)、ペシュ・メルル(ロット県)、アングル・シュール・アングラン(ビエンヌ県)、スペインではエル・カスティーリョ、アルタミラサンタンデル県)などである。絵画の主題は動物と記号からなり、ウマとウシ(バイソン)が多い。刻線画と彩画があり、色彩には黒色(酸化マンガン)、赤色、黄色、茶色(以上は酸化鉄=オーク)などがある。
 多くの洞窟の絵画を写しとりその研究に生涯をかけたフランスのH・ブルイユは、刻線画をもとに編年体系を示した。その編年は、単純な線画に始まり、線が太くなり、次に面に色彩が施される。最後には二色彩画が現れる(オーリニャック・ペリゴール周期)。こののち、ふたたび単純な線画に始まり、同じような経過を経て多色彩画に至り、きわめて写実的な小型画像がみられるようになる(ソリュートレ・マドレーヌ周期)というものであった。これはブルイユの二周期説とよばれる。他方、A・ルロア・グーランは、同時代の骨角器に彫られた美術などをもとに別の編年体系を示し、洞窟絵画を第1期~第4期の単純進化説で説明した。
 絵画の描かれた意味、目的には諸説があり、編年体系と同じく定説はない。しかし単なる壁面装飾でなかったことは明らかである。なぜなら、洞窟の最深部に描かれたり、像が理解できないほど重複して描かれた例があるからである。動物はむやみに殺されたのでなく、また絵画群は一気に描かれたと考えられるので、狩猟魔術説は否定される。トーテミズム説は資料の裏づけが乏しい。豊饒(ほうじょう)魔術説をとるには確実な性的描写がほとんどない。神話の場面、あるいは形而上(けいじじょう)学的意味が描かれているとする説明も、資料からは積極的にいうことができない。しかし、統計学的研究によれば、絵画の主題(動物種と諸記号)と洞窟内位置は相関的であり、描かれた構図はあらかじめ決められていたかのようである。人類の精神活動がすでに高度なものに発達していたことを洞窟絵画に認めるのが妥当である。[山中一郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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