2018年(平成30)3月告示の高等学校学習指導要領改訂によって、公民科に新設された科目。「公共」は、小・中学校社会科などではぐくんだ資質・能力を用いるとともに、現実社会の諸課題の解決に向けて、自己と社会とのかかわりを踏まえ、社会に参画する主体として自立することや、他者と協働してよりよい社会を形成することなどについて考察する科目として設定されている。
[樋口雅夫 2023年12月14日]
現代の日本では、生産年齢人口の減少、グローバル化の進展や絶え間ない技術革新など、社会の変化は加速度を増し、複雑で予測困難となってきている。このような複雑で変化の激しい社会のなかで、これからの社会に生きる高校生たちには、さまざまな情報やできごとを受け止め、主体的に判断しながら、自分を社会のなかでどのように位置づけ、社会をどう構築するかを考え、他者とともに生き、課題を解決していくための力が必要となる。このような社会的背景を踏まえ、高等学校公民科に必修科目「公共」(2単位)が新設されたのである。
「公共」の設置に先だつ2016年(平成28)の中央教育審議会答申では、2020年代以降の学校教育の理念として「社会に開かれた教育課程」が打ち出されている。そのポイントは、(1)社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創(つく)るという目標をもち、教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと、(2)これからの社会を創り出していく子どもたちが、社会や世界に向き合いかかわり合いながら、自分の人生を切り拓(ひら)いていくために求められる資質・能力とは何かを、教育課程において明確化しはぐくんでいくこと、(3)教育課程の実施にあたって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校内に閉じずに、その目ざすところを社会と共有・連携しながら実現させること、の3点に集約される。
「公共」は、高等学校教育において「社会に開かれた教育課程」を実現するための中核的な科目として位置づけられる。地理歴史科や家庭科、総合的な探究の時間などさまざまな教科等との横断的な学びを進め、また、学校外の専門家・関係諸機関などと連携・協働した学習活動を通して、科目の目標である「グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力」の育成が目ざされているのである。
[樋口雅夫 2023年12月14日]
科目固有の性格を明確にするために、「公共」の内容は三つの大項目「A 公共の扉」、「B 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち」、「C 持続可能な社会づくりの主体となる私たち」から構成されている。
「A 公共の扉」では、社会に参画する自立した主体とは、孤立して生きるのではなく、地域社会などのさまざまな集団の一員として生き、他者との協働により当事者として国家・社会などの公共的な空間をつくる存在であることを学ぶ。同時に、古今東西の先人の取り組み、知恵などを踏まえ、社会に参画する際に選択・判断するための手掛りとなる概念、理論などや、公共的な空間における基本的原理を理解し、大項目B、Cの学習につなげることをおもなねらいとしている。思考実験など、概念的な枠組みを用いて考察する活動を取り入れていることも、科目の特徴である。
「B 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち」では、法や政治、経済などにかかわる現実社会の諸課題から学習課題を設定し、他者と協働しながら課題を追究したり解決したりする学習活動を行う。この大項目で取り扱う諸課題には、多様な契約および消費者の権利と責任、政治参加と公正な世論の形成、地方自治、国際貢献を含む国際社会における日本の役割、職業選択、財政および租税の役割、少子高齢社会における社会保障の充実・安定化など多岐にわたるが、いずれの課題も唯一の正解があるものではない。これからの社会を切り拓いていく高校生たちが、多様な価値観に触れながら解決策を模索していくことにこそ、学習のねらいがあるのである。
「C 持続可能な社会づくりの主体となる私たち」では、ともに生きる持続可能な社会を築くという観点から課題をみいだし、これまでに鍛えてきた社会的な見方・考え方を総合的に働かせ、その課題の解決に向けて事実を基に他者と協働して考察、構想し、妥当性や効果、実現可能性などを指標にして、論拠を基に自分の考えを説明、論述する。ここでいう持続可能な社会とは、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす社会を意味している。このような探究学習を通して、現代の諸課題について多面的・多角的に考察したり、解決に向けて公正に判断したりする力や、合意形成や社会参画を視野に入れながら構想したことを議論する力、社会的事象等を判断する力などを身につけることがねらいとされている。
[樋口雅夫 2023年12月14日]
「公共」は、選挙権年齢および成年年齢が18歳に引下げられたことを受けて、教育界のみならず政界、学界、一般社会などさまざまな関係者からの期待が大きい科目である。しかし、それらの期待のすべてにこたえようとすると内容過多になったり、授業時数の関係で知識習得のみに終始したりするおそれがある。「公共」を担当する教師には、無理のない年間指導計画の作成と、地に足のついた日々の学習指導が求められる。
[樋口雅夫 2023年12月14日]
『橋本康弘編著『高校社会「公共」の授業を創る』(2018・明治図書出版)』▽『日本公民教育学会編『テキストブック公民教育』新版(2019・第一学習社)』▽『社会認識教育学会編『中学校社会科教育・高等学校公民科教育』(2020・学術図書出版社)』▽『藤野敦他編著『高等学校地理歴史科公民科必履修科目ガイド』(2022・学事出版)』▽『藤井剛監修、著『公共の授業と評価のデザイン』(2023・清水書院)』
公共は英語のpublicの訳語として用いられる。この意味での公共,すなわち公的領域は,私的領域に対立して人間生活の一半を構成する。それが典型的に成立したのは,ギリシアのポリスにおいてであった。H.アレントによれば,公的なものとは,万人によって見られ,聞かれ,かつ評価される存在を意味する。いいかえれば,それは人々が見る,聞く,評価するなどの主体的行動を通じて,ものごとの価値を問いうることを意味している。すなわち,公的なものとは,その意味や価値が万人の自発的参加を通じて判断される存在である。同時に,公的なものとは人々の共通の関心の対象でもある。
かくて公共とは,公開性あるいは参加可能性と共通性とによって構築された世界にほかならない。こうした公共の世界は,人々の参加行動を可能にする共有空間を含んでいる必要がある。ギリシアのポリスにおけるアゴラは,この意味での共有空間であった。近代国家の成立は,共有空間の形成を不可能にしただけではなく,ギリシア的な意味では私的領域に属していた経済を共通の関心事とすることによって,公共の世界を消滅させた。近代国家においても,公共は概念としては存在しているが,その実体的基盤は失われており,ただ擬制としてのみ存在しているにすぎない。それにもかかわらず,欧米における公共は,公開性や共通性を重視することによって,個別的関心との連続性を保持しているが,日本における公共は,逆に個人の集団への埋没を特徴とする。
日本では,公共(おおやけ)とは,一般の日本人が小家(こやけ)であるのに対して,皇室を大家(おおやけ)と呼んだことに由来するとされ(中村元《東洋人の思惟方法》),あるいは公事(おおやけごと)とは,家長に対する家人の奉仕を意味したとされる(有賀喜左衛門〈公と私〉)。いずれにしても,日本の伝統的公共概念は,個人の帰属する集団全体が個人に優位し,個人は全体に無条件に奉仕する(滅私奉公)ことを当然の帰結として含んでいたといえよう。
→公儀
執筆者:阿部 斉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(大迫秀樹 フリー編集者/2016年)
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(2015-8-7)
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