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ヒポクラテス Hippokratēs

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒポクラテス
Hippokratēs

[生]?
[没]前491/前490. ヒュブラ
古代シチリア,ゲラ僭主 (在位前 498頃~491/0) 。前 498年頃兄クレアンドロスの跡を継いで僭主となると,7年足らずで東シチリアの大部分を征服して支配下におき,シチリアの僭主支配の原型をつくった。ヘロロス河畔でシラクサ軍を大敗させたが,コリントやコルキュラの介入で征服には失敗。前 491/0年頃シクリ人と戦い,戦死。

ヒポクラテス
Hippokratēs; Hippocrates

[生]前460頃.コス島
[没]前377頃.テッサリア,ラリサ
医聖といわれる古代ギリシアの医師。医者の家に生まれ,ギリシアだけでなく小アジアにも広く旅行して,医学を教えたり,医療を施して,当代最高の医師といわれたという程度しか明らかでない。 60~70巻からなる『ヒポクラテス全集』 Corpus Hippocraticumは彼の没後,前3世紀中にアレクサンドリアの学者によって編集されたもので,解剖学,婦人や小児の病気,食餌療法や薬物療法,外科などを扱っており,近代まで医学界に大きな影響を与えた。同全集中の『金言集』 Aphorismiは 19世紀まで教科書として使われ,医師の倫理を説いた「ヒポクラテスの誓い」は現在でも医学部の卒業式などで朗読されている。

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デジタル大辞泉の解説

ヒポクラテス(Hippokratēs)

[前460ころ~前375ころ]古代ギリシャの医師。迷信や呪術を排して臨床の観察と経験を重んじ、科学的医学の基礎を築いた。医師の倫理についても論じ、医学の父と称される。所説は「ヒポクラテス全集」に集大成された。ヒッポクラテス

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百科事典マイペディアの解説

ヒポクラテス

ヒッポクラテス

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大辞林 第三版の解説

ヒポクラテス【Hippokratēs】

前460頃~前375頃) 古代ギリシャの医師。医術を魔法や迷信から解放し、経験を重んじる科学的医学の基礎を確立。その医説はのちに「ヒポクラテス全集」として集大成された。また、医学者としての倫理・規範などについても多くの見解を残し、医聖・医学の祖などと称される。ヒッポクラテス。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒポクラテス
ひぽくらてす
Hippocrates
(前460ころ―前375ころ)

古代ギリシアの医学者。コス島の生まれ。父もまたヒポクラテスと称し、医師であった。父から医師としての手ほどきを受け、その後、小アジア、ギリシアの各地を遍歴し、多くの哲学者、医学者と交わったのち故郷に帰り、診療を施し、著述を発表した。テッサリア地方のラリッサで死んだと伝えられる。
 彼の所説を集めた『ヒポクラテス全集』Corpus hippocraticumは、ヒポクラテス一人だけの主張を集めたものではなく、彼に同調した人々の考えをも加えたものとされているが、これらのなかからヒポクラテス自身の見解を求めることは比較的容易である。彼の人体の生理・病理についての考えは体液論に基づき、人体は火・水・空気・土の四元素よりなり、人の生活はこれらに相応する血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁によって左右される、とした。そしてこれら四液の調和が保たれている状態をエウクラジーeukrasieとよび、人は健康であり、不調和な状態をディスクラジーdyskrasieとよんで病気にあるとした。病気そのものと病気の症状をはっきり区別し、病的状態から回復しようとする力をフィジスphysisとよび、「病気を医するものは自然である」との説をたてた。予後学を重視し、瀕死(ひんし)の患者の顔つきについて述べた部分は今日でもなお使われている。そのほか、医師の倫理・任務などについても重要な指摘・見解を多く述べており、ヒポクラテスの名を一段と高めている。[大鳥蘭三郎]

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世界大百科事典内のヒポクラテスの言及

【ヒッポクラテス】より

…古代ギリシアの医学の大成者。ソラノスの伝によると,彼は前460年にコス島で生まれたとされる。父のヘラクレイデス,ついでへロディコスから医術を学んだ。両親の死後コスを離れ各地を旅して医療活動を行い賞賛を得た。ペロポネソス戦争のときにはアテナイをはじめとする諸都市を疫病から救い,アテナイの市民権を与えられた。テッサリアのラリッサの付近で死んだが,その年齢として85歳,90歳,104歳,109歳の4説が伝えられ,また別に83歳説もある。…

※「ヒポクラテス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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