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ビラ・デステ Villa d'Este

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビラ・デステ
Villa d'Este

イタリア,ローマの東 25kmのチボリに営まれたイタリア・ルネサンス庭園の代表例。イッポリート・デステが P.リゴリオに委嘱して 1550年に着工。丘の斜面にテラスを重ねてつくられたもので,完成当初から豊富な水を利用しての噴水水オルガンカスケードなどによる多彩な構成で知られ,今日でも訪れる者を楽しませている。ただし 18世紀以後,一時荒廃した時期があり,今日ではその多くが復旧されているものの,完成当時のようなみごとに刈り込まれた生垣による構成はみられず,彫像の多くも失われている。 2001年世界遺産の文化遺産に登録された。

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デジタル大辞泉の解説

ビラ‐デステ(Villa d'Este)

イタリアの首都ローマの東北東の町、チボリにある別荘。16世紀にエステ家の枢機卿(すうききょう)イッポリート2世が、中世のベネディクト会修道院を改築し、あわせて大小さまざまな噴水がある広大な庭園を造った。ナポリの建築家ピッロ=リゴリオの設計による。後期ルネサンス様式の庭園の代表例として、2001年に「チボリのエステ家別荘」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。

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世界大百科事典内のビラ・デステの言及

【エステ荘】より

…ローマ東方30kmのティボリにある,枢機卿イッポリト・デステIppolito II d’Este(1509‐72)の館。1560‐70年ころ建設。著名な庭園は,斜面を幾段ものテラスに分け,巧みなしかけで噴水や水オルガンを演出する,マニエリスム期イタリア庭園の典型である。設計には,建築家で考証学者としても高名であったリゴリオPirro Ligorio(1513ころ‐83)が参画したと考えられる。【横山 正】…

【庭園】より

…これらの特徴は,16世紀を通じてイタリアのルネサンス庭園の重要な特色となったのである。 16世紀に完成されたこのイタリア様式の庭園として,今日残存するもっともすばらしい例は,ローマ近郊のティボリにイッポリト・デステの営んだビラ・デステ(エステ荘),およびローマ北方のバニャイアBagnaiaのビラ・ランテVilla Lante(ともに16世紀中葉)であろう。ともに傾斜地に営まれたものだが,前者は大がかりな水の使用に特色があり,後者は16世紀イタリア庭園に特徴的なジャルディーニjardini(幾何学的な庭園)とボスコbosco(叢林)の組合せの典型である。…

※「ビラ・デステ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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