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ビータウタス Vytautas

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世界大百科事典 第2版の解説

ビータウタス【Vytautas】

1350‐1430
リトアニア大公。在位1392‐1430年。大公カストゥティスの子。父は大公アルギルダスリトアニア大公国を東西に二分し,2大公両立時代の国の繁栄を築き,西方においてビータウタスとともにドイツ騎士修道会の東方進出を食い止めていた。しかしヨガイラ(のちのポーランドヤギエウォJagiełło。1350ころ‐1434。在位1386‐1434)が父アルギルダスの地位を継承するに及んで,大公国はしばらく内紛状態が続いた。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のビータウタスの言及

【ヤギエウォ朝】より

… リトアニア大公ヨガイラJogaila(ポーランド名ヤギエウォ)は,1386年にピアスト朝最後の君主ヤドビガ女王Jadwigaと結婚し,新王朝を創始,ブワジスワフ2世Władysław II Jagiełłoと名のる。ヨガイラはリトアニア大公位を従弟ビータウタスVytautasに譲ったが,両国の同君連合はカジミエシュ4世Kazimierz IV Jagiellończykの代に復活し,アレクサンデル以後恒久化する。ヤギエウォ家の中欧進出は,ハンガリー王位に迎えられたブワジスワフ3世Władysław III Warneńczykの代に始まったが,同王がオスマン・トルコとのバルナの戦で敗死して一時頓挫。…

【ヤギエウォ朝】より

… リトアニア大公ヨガイラJogaila(ポーランド名ヤギエウォ)は,1386年にピアスト朝最後の君主ヤドビガ女王Jadwigaと結婚し,新王朝を創始,ブワジスワフ2世Władysław II Jagiełłoと名のる。ヨガイラはリトアニア大公位を従弟ビータウタスVytautasに譲ったが,両国の同君連合はカジミエシュ4世Kazimierz IV Jagiellończykの代に復活し,アレクサンデル以後恒久化する。ヤギエウォ家の中欧進出は,ハンガリー王位に迎えられたブワジスワフ3世Władysław III Warneńczykの代に始まったが,同王がオスマン・トルコとのバルナの戦で敗死して一時頓挫。…

【リトアニア】より

… 1386年,アルギルダスの子ヨガイラJogaila(1350ころ‐1434)がカトリックの洗礼を受けてポーランド王(ブワジスワフ2世Władysław。在位1386‐1434)を兼ね,リトアニアのカトリック化,ポーランド化のもとを置いたが,彼のもとで大公になったいとこのビータウタス(在位1392‐1430)は,ほとんど独立の君主として行動し,1410年のグルンワルトの戦でドイツ騎士修道会の脅威を除く一方,タタールに対する大規模な十字軍,スモレンスク公国の併合,モスクワ公国の内乱への干渉など,積極的な東方政策を展開した。しかしリトアニア大公国はこれが最盛期で,この後は,リトアニア人と東スラブ系,カトリックと東方正教徒という民族的・宗教的対立に加えて,ポーランドの干渉,モスクワ・ロシアの圧力のため急速に衰えた。…

※「ビータウタス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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