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フィリオクエ filioque

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世界大百科事典 第2版の解説

フィリオクエ【filioque】

キリスト教で三一神の第3のペルソナ(位格)である聖霊の発出をめぐって,ニカエア・コンスタンティノポリス信条に挿入された〈子からも〉を意味するラテン語西方教会では聖霊が父と子の両者から発出するとして,〈父から出る〉とのみ記す信条に,中世初期から〈フィリオクエ〉を補っていた。文献上の初出は第3回トレド会議(589)であるが,これを後代の加筆とする説も有力。9世紀ごろからフランク教会では典礼中の信条に〈フィリオクエ〉を挿入していた。

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世界大百科事典内のフィリオクエの言及

【キリスト教】より

…典礼と教会慣行の違いは,両教会の関係が正常であるうちは目だたなかったが,それが悪化すると反目の種となった。教義面では,聖霊の発出をめぐって信条に〈子からも(フィリオクエfilioque)〉を挿入すべきか否かが問題になった。西方では〈フィリオクエ〉の挿入が一般化しており,ビザンティン教会はそれに反発した。…

【三位一体】より

…多くの教父と第1ニカエア公会議(325)は〈一実体,三位格una substantia,tres personae〉の定式をもって三位一体を固守したが,三位の統一を宇宙の循環運動になぞらえるとか,三位の成立と働きを神の摂理に帰する以上には出ないということがあった。アウグスティヌスは《三位一体論》の中で,聖霊は〈父と子よりex patre filioque〉発出することを確認して西方教会の神学を基礎づけたが,子は父より,聖霊は子より発出するという東方教会の表現も残している(フィリオクエ)。この異なる表現はのちの東西両教会分裂の一因でもあった。…

【フィレンツェ公会議】より

バーゼル公会議(1431‐39)の開催中,ローマ教皇エウゲニウス4世(在位1431‐47)が,ベネチアに到着(1438年2月)したヨハネス8世以下のビザンティン側代表団を迎えて,まず1438年4月9日フェラーラで開き,39年2月26日以後さらにフィレンツェに会場を移して,ラテン・ビザンティン両教会統一のために催した。 1054年のミハエル・ケルラリオスのシスマ(分裂)以後,ビザンティン側はシャルル・ダンジューのコンスタンティノープル進攻の矛先をかわすためにローマ教会との提携を策し,ミハエル8世がリヨン公会議(1274)に皇帝特使を派遣して,分裂以来(さかのぼっては9世紀末,コンスタンティノープル総主教フォティオス以来)の争点である,(1)ローマ教皇の首位制,(2)聖霊の〈子からも〉(フィリオクエ)の発出,(3)酵母(たね)をいれぬパンの典礼((2),(3)はラテン教会の慣行),を認めたけれども,自国のキリスト教徒の受け入れるところとはならなかった。しかし,14世紀末オスマン・トルコの圧力が強まるにつれて,ビザンティン帝国は西方から軍事援助を得る前提として,教会統一問題の解決に迫られた。…

【ミハエル・ケルラリオス】より

…彼は先手を打ち,これらの教会で行われているラテン教会のビザンティン教会とは異なった諸慣行を攻撃した。すなわち酵母(たね)をいれぬパンの典礼,断食週間の土曜日の断食の問題であり,そして後に聖霊の発出問題(フィリオクエ)がこれに加わった。彼は,ローマ教皇レオ9世から派遣されてきた枢機卿フンベルトゥスとハギア・ソフィア教会で論争の末,破門状を投げあって東西教会分裂(シスマ)を引き起こした(1054)。…

※「フィリオクエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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