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ブリタニア ブリタニア Britannia

翻訳|Britannia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブリタニア
ブリタニア
Britannia

イギリスのグレート・ブリテン島の古代ローマ時代の呼称。ローマが侵入する以前,この島にはローマ人によってプリタニ (入墨を施した者の意) と呼ばれる民族が居住し,また対岸の北ガリアにはブリタニと呼ばれる民族がいたが,ローマ人が両者を混同して,この島をブリタニア (ブリタニの住む地) と呼ぶにいたった。

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デジタル大辞泉の解説

ブリタニア(Britannia)

古代ローマ時代のイギリスのグレートブリテン島、特に、ローマ領土となっていたその南部地域の呼称。
グレートブリテン島や大英帝国の美称。

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百科事典マイペディアの解説

ブリタニア

英国のグレートブリテン島のローマ時代の呼称。島の住民ケルト系のブリトン人の名に由来。1世紀半ばから5世紀初めまでに大部分がローマの属州となった。
→関連項目イギリスカエサル

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デジタル大辞泉プラスの解説

ブリタニア

《Britannia》イギリス海軍の戦艦。キング・エドワード7世級。1904年進水、1906年就役の前弩級戦艦。1918年、第一次世界大戦の休戦直前に、ドイツ潜水艦の雷撃により沈没。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブリタニア【Britannia】

今日のイギリス本国,グレート・ブリテン島のローマ時代における呼称。この島の南東部にヨーロッパ大陸から移り住んでいたケルト人の一派のブリトン人(ラテン語でブリタンニBritanni)に由来し,〈ブリトン人の国〉を意味する。この島とローマとの関係は,前1世紀中ごろガリア征服を進めていたカエサルが,ガリアのケルト人を支援していたブリトン人を討つべく,前55年と前54年の2度にわたってこの島の南東部に侵入したときに始まる。

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大辞林 第三版の解説

ブリタニア【Britannia】

イギリスのグレート-ブリテン島、特にその南部地方のローマ時代の呼称。一世紀半ばから五世紀初めまでローマの属州。当時住んでいたケルト系のブリトン人に由来する名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブリタニア
ぶりたにあ
Britannia

イギリスの古称。とくに古代ローマの州があったグレート・ブリテン島南部のローマ(ラテン語)名。「ブリトン人の国」の意味で、当時グレート・ブリテン島南部に住んでいたブリトン人に由来する。旧石器時代より狩猟の跡がみられるが、早くから北西ヨーロッパのケルト人が優れた青銅器文明をもたらし、紀元前4世紀にはラ・テーヌ文化の影響下に鉄器文明が発展した。前75年ベルガエ人がブリテン島南部に来てベルガエ人の王国を建設、前55~前54年ガリア遠征中のカエサルの攻撃を招いた。紀元後43年ローマ皇帝クラウディウス1世の遠征で、ブリタニアはローマの支配下に入る。79年ごろアグリコラ将軍の下で北辺が鎮定され支配が安定した。122年皇帝ハドリアヌスが渡来して長城を建設し、国境とした。続いてその北にアントニヌスの長城が設けられたが、これは短命であった。ブリタニアはローマの皇帝領として経営され、各地でローマ的都市の建設も進み、それらを結ぶ道路も整備され、農村でもローマの制度を取り入れた私有大領地経営が進められた。穀物、毛織物のほか、鉱産資源も豊かであった。ローマ以前にはケルト人の宗教ドルイド教が行われていたが、それ以後はローマの主神ユピテルジュピター)信仰やキリスト教も入り、4世紀には3人の司教がいた。4、5世紀からスコット人アングロ・サクソン人の侵入が激化してローマが撤退したのち、各地にブリトン人の結集とブリトン文化の復活をみた。[富沢霊岸]

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世界大百科事典内のブリタニアの言及

【イギリス】より

…【香内 三郎】
【歴史】

[先史時代]
 はるかな太古,地表の大部分がまだ厚い氷河で覆われていた旧石器時代には,イギリス諸島は大陸と地続きであった。グレート・ブリテン島(ブリタニア)で発見された最古の化石人類(旧人)はスウォンズコーム人で,約25万年くらい前のものと思われる。以後大陸からさまざまの人類が移り住んで,採集・狩猟・漁労の生活を営んだ。…

【グレート・ブリテン[島]】より

…プレタンニカとはケルト語の〈彩色した〉人,すなわち入墨した部族の意味である。しかしローマ時代に入ると,最も遅くこの島へ移住したケルト系ブリトン人にちなむ〈ブリタニア〉の名称が定着し,今日のブリテンとなった。正式にグレート・ブリテンの名称が採用されるのは,1707年にイングランドとスコットランドが合同して連合王国を形成したときであり,フランスのブルターニュ地方をさすリトル・ブリテンと区別するため命名された。…

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