翻訳|bed
洋式の寝床。寝台。用途に応じて一般家庭用ベッド,病院用ベッド,軍隊用ベッド,車両ベッド,階段ベッド,アルコーブ・ベッド,ソファ・ベッドなどがあり,サイズに応じて,ダブル・ベッド,シングル・ベッド,子ども用ベッド,乳幼児用ベッドなどの種別がある。そのほか狭い室内に置く2段ベッド,昼は分離してソファに使用するセパレート・ベッド,あるいは畳室に置く和風ベッド(床が低い)などがあり,長方形に限らぬ変形ベッドも作られている。
ふつうの家庭用ベッドは寝台枠のいちばん下にはスプリング付きの床座を置き,その上にスプリング入りのマットレスを敷く。マットレスは,上等のものは数百個の小スプリングを1個ずつ布に包み,緩衝麻布を挟んで密集並列させたものを,フェルトおよび綿入布で被覆したものである。マットレスの上にパッドを敷く。パッドは綿,その他の充塡材料をつめた寝台用のふとんである。この上に寒さに応じ毛布,敷きぶとんを用いることもある。その上をシーツで覆い,身体を横たえる。上掛けは,シーツで包んだ毛布,寒さに応じて掛けぶとんを重ねる。家庭用ベッドの標準寸法は,床座までの高さは約30cm,幅はシングル・ベッドは約1m,セミダブル・ベッドは約1.21m,ダブル・ベッドは約1.36m,長さは一般に約1.97mがふつうである。
ベッドは寝具としての一般性能に準じ,疲労回復のための正しい姿勢を採りうること,保温の十分なこと,柔軟な触感を有すること,構造や材料の耐久性のあることなどが必要である。休養時の姿勢を正しく保ちうるために適当なクッションを与えるようなマットレスの弾力を必要とし,身体が不自然に湾曲しないような構造のものを適当とする。また横から見て,身体の中心線の安定した形を採りうるものを可とする。寝具としての保温についてはふとんの場合と同様である。上掛用としての毛布は睡眠中の身体の動きに従って身体にまといついてすきまをつくらない点で保温上有効である。シーツは平織綿布,いわゆるシーティングを用い,つねに洗たくした純白な生地を使う。
ベッドの付属品を整えてただちに寝られるように床づくりをすることをベッド・メーキングという。ふつうマットレスの上にパッドあるいは敷きぶとんを敷き,下敷シーツを敷き,四方をマットレスの下に巻きこむ。次に上掛シーツ,毛布を重ね,頭部は折り返し,足部はマットレスの下に折りこむ。必要に応じて,その上に羽毛ぶとんなどを重ねる。
執筆者:小川 安朗
ベッドは寝台という意味だけでなく,休息または寝るための場所を意味する言葉として使われてきた。また,歴史的にみると,ベッドは睡眠用のほか,古代においては,食事のときの寝椅子としても使われた。告別式のために死者を安置したり,読書のため,さらに近世の絶対王政時代の君主には謁見用としても使われた。
古代エジプトでは古王国時代の初期に4本の動物脚でフレームを支持したベッドが現れた。亜麻糸でフレームを編み,その上にマットをのせた。ファラオのベッドの木製フレームには全体に金箔がはられ,頭部がやや高く,足部にフットボードが付けられている。〈死者のベッド〉と呼ばれる告別式用のベッドも豪華な装飾が施された。ギリシアのベッドは〈クリネ〉と呼ばれ,4本の角型の脚でフレームを支持し,頭部に隆起した頭架を備えた形式である。食事のときには,頭架にクッションを重ねた。ローマ時代のベッドはギリシアと基本的には同じデザインを継承しているが,木材のほかに青銅製や大理石製も現れて,装飾がいちだんと豪華になった。ポンペイ出土の貴族住宅の遺構には,ベッドを設置した小型の寝室(ベッド・ニッチbed niche)が設けられ,カーテンなどで仕切られていたものとみられる。またプラットフォーム型のベッドをコの字形に配置したダイニング・ルームも保存されている。
中世になると,ベッドで食事をとる習慣は失われ,もっぱら休息や睡眠のために使われるようになった。12世紀までのベッドのフレームの多くは,ろくろ加工された挽物(ひきもの)部材で組み立てられ,全体の形態はきわめて単純であった。農民は低い大型チェスト(櫃)にわらぶとんを敷いてその上で休息した。寝室が設けられていなかった中世前期の住宅では,すき間風を防ぐためにカーテンが天井からつるされて,領主やその夫人の,さらには側近たちのベッドを囲うようになった。14世紀初期には天井からのごみやちりを防ぐために,ベッドの上に天蓋を付けるようになった。しかし,この天蓋付ベッドが上流階級の邸館で一般に普及するのは15世紀以後である。初め天蓋は天井からつるされたり,壁面に固定されたりしたが,15世紀末にはベッドの丈の高いヘッドボードと足元の2本の円柱で天蓋を支持する形式や,ベッドのヘッドボードの頂部に天蓋を固定した形式も現れた。イタリアではプラットフォーム型のベッドの3面に踏台の役目を果たすカッソーネ(櫃)を備えたベッドもみられた。16世紀になるとベッドはしだいに装飾性を加え,とくに天蓋を支える2本の柱や板張りのヘッドボードには彫刻装飾が施された。天蓋からは高価な織物のカーテンが掛けられた。イギリスではエリザベス1世の時代には大型の天蓋付ベッドが流行した。ビクトリア・アンド・アルバート美術館に展示されたハートフォード州の小都ウェアの旅館の大型天蓋付ベッドは,オーク材に彫刻と象嵌を施した代表的なエリザベス様式のもので,高さ267cm,幅326cm,奥行き338cmという超大型で,旅館の特別室に備えられていた(〈エリザベス様式〉の項目中の図を参照)。17世紀中ごろからベッドの天蓋やカーテンに豪華なタピスリーが採用され,ベッドの美しさの重点は木製部材から織物へと移った。
ルイ14世のベルサイユ宮殿では,国王が議会に出席するときには〈正義の寝台lit de justice〉に着座し,諸侯は腰掛に座り,高級官僚は直立し,下級官僚はひざまずくというように,公の席では社会的地位に応じて座姿勢に格差がつけられた。また,謁見の間には〈謁見のベッド〉が設置され,全体はゴブラン織で装飾された。国王が日常生活で使う寝室には天蓋付四柱寝台lit à colonnesが設置され,ここでも側近たちを集めた〈小起床petit lever〉の儀などが催された。17世紀後期からアルコーブと呼ばれる婦人の私室にベッドが設置され,ベッドのフレームやカーテンの装飾はますます華麗さを加えた。18世紀のロココ時代は上流階級の間でサロン生活が流行し,ベッドのデザインにも個人の趣向が重視されて,多種多様なベッドが現れた。婦人たちは祝いごとや悔みごとのあるたびに,ブドアール(婦人の居間)のベッドに友人を招くことが慣例になった。また天蓋の寸法がベッドの半分しかない〈天使のベッド〉,天蓋がベッドの長さと等しい〈王妃のベッド〉,天蓋に王冠を付けた〈帝王のベッド〉,穹窿形の天蓋を付けた〈ドームのベッド〉,鉄棒を湾曲させて構成した天蓋にビロードを掛けた〈ポーランドのベッド〉などが現れた。愛し合う恋人のため〈夜ふかし娘veilleuse〉という愛称をもつ二つ組みのソファ・ベッドなども現れた。17世紀まではベッドは室内の壁面に直角に配置されてきたが,18世紀から寝室の壁に平行に設置されるようになった。4本柱で支持した天蓋と4面にカーテンをつるした四柱寝台はイギリスで普及し,19世紀中ごろまで流行した。19世紀には鉄やシンチュウ製のパイプで作られたベッドも現れた。生活空間を合理的に使うという観点から,部屋の壁に折り畳む形式や衣装戸棚に組み込む形式も流行した。20世紀になると,伝統的な大型のダブル・ベッドに対して,機能的な小型のシングル・ベッドが好まれるようになった。また,日中は座具として夜はベッドとして利用できるデー・ベッドまたはディバンdivanと呼ばれるカウチや長椅子の座に折り畳むことのできるソファ・ベッドなども流行し,20世紀のベッドはとくに機能性が重視されてきたのが特徴の一つである。
→寝具
執筆者:鍵和田 務
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…中国の家具で,人が寝たり座ったりするための細長い台状のもの。すなわち今日のベッドの類の総称。古代中国では倚座の習慣はなく,その上に席などの敷物をしいて平座し,接客や会食を行う平台としても用いられた。…
…したがって木綿綿の入った蒲団が本当に普及するのは,大正末から昭和に入ってからである。 明治に入ると,一部の上層階級ではベッドが使用されるようになった。ベッド用寝具はマットレス(藁蒲団),パット(薄い敷蒲団),毛布,敷布,寝台掛,枕などである。…
※「ベッド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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