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ベルタン ベルタン Bertin, Louis Émile

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルタン
ベルタン
Bertin, Louis Émile

[生]1840.3.23. ナンシー
[没]1924.12.2. マンシュ
フランス海軍軍人。 1863年に海軍技術応用学校を卒業後,軍艦の通風装置,安定性,対弾防壁,浸水防止などの改良に大きな功績をあげた。 85年に日本政府の招きで来日,三景艦の建造計画,快速通報艦『八重山』,巡洋艦千代田』の設計にあたった。

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ベルタン
ベルタン
Bertin, Rose

[生]1744. アブビル
[没]1813. エピネー
フランスの婦人服仕立師。最初は婦人製帽師であったが,のちに婦人服デザイナーの創始者とされた。王妃マリ・アントアネットの衣装係をつとめたことでも知られている。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ベルタン Bertin, Louis Emile

1840-1924 フランスの造船技術者。
1840年3月23日生まれ。明治19年(1886)政府にまねかれて来日,海軍省顧問として横須賀造船所で造船技術をおしえた。日清(にっしん)戦争ではベルタンの設計になる橋立(はしだて)などの諸艦が活躍した。23年帰国。1924年12月2日死去。84歳。ナンシー出身。フランスの海軍技術応用学校卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ベルタン

没年:1924.12.2(1924.12.2)
生年:1840.3.23
フランス海軍士官,海軍造船家。ナンシー市生まれ。1858年パリのエコール・ポリテクニックの海軍技術部に入った。艦船の通風装置,動揺安定装置,対弾防壁,浸水防止区画などを設計して功績をあげ,世界の製艦技術発展に貢献した。1885年海軍のお雇い外国人として日本に招かれ,軍艦の企画・設計・建造を指導し海軍顧問として4年間滞在し,海軍の近代化に貢献した。日清戦争に先立ち,優勢な清国海軍に,備砲・速力ともに十分に対抗できる三景艦「松島」「厳島」「橋立」,快速通報艦「八重山」および巡洋艦「千代田」を設計,黄海海戦では,それらの活躍で清国のドイツ製艦「定遠」「鎮遠」など5艦が撃破された。また横須賀の他に,呉,佐世保に工廠を建設すべきことを提案し,実現させた。帰国後1890年ツーロン1等海軍技師となり,95年海軍省技術局長を務めた。法律,歴史などの分野にも才を発揮し1871年法学博士。96年著書『日本の内乱』がアカデミー賞を受賞。1903年科学学士院会員,05年退役。日本政府は明治28(1895)年勲1等瑞宝章を贈った。<著作>『近代海軍論』<参考文献>高橋邦太郎『お雇い外国人(軍事)』,篠原宏『日本海軍お雇い外国人』

(影山好一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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