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ベーコンの反乱 ベーコンのはんらんBacon's Rebellion

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベーコンの反乱
ベーコンのはんらん
Bacon's Rebellion

1676年アメリカのバージニア植民地で起った農民反乱。 N.ベーコン (1647~76) を指導者とするバージニアの新開拓地のプランターや農民は,総督 W.バークリーの長期間にわたる議会の閉鎖,恣意的な独裁政治,海岸地方の特権プランター (大農場主) による政治と毛皮交易の独占,特にフロンティア防衛の放置などを不満として,先住民族インディアンとの紛争を機に立上がった。彼らはインディアン討伐軍を無断で組織してインディアンを制圧し,次いで首都ジェームズタウンに向って進撃してこれを占領し,総督を追放して一時バージニアを支配した。しかしまもなくベーコンの急死,反乱者内部の抗争などによって反乱は総督軍により鎮圧された。この結果,バークリーの本国への召還,定期的議会の開催によって,バークリー派の特権プランターの少数支配も終り,プランター階級全体による支配が確立された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ベーコンのはんらん【ベーコンの反乱 Bacon’s Rebellion】

1676年,北アメリカのバージニア植民地で起こった農民反乱。反乱者の主力は農民と解放民(年季明けの奉公人)で,黒人奴隷も加わり,ベーコンNathaniel Bacon(1647‐76)がこれを指揮した。彼らは総督W.バークリーの寡頭支配とくにインディアンに対する宥和政策に不満を抱き,インディアンに保留された土地の開放を強く要求した。ささいな紛争からこれに無関係のサスケハノック族14名を殺した彼らは,復讐にでたサスケハノック族だけでなく全インディアンの撲滅を唱え,辺境の新興プランターで参事会員のベーコンを指揮官に擁立した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベーコンの反乱
べーこんのはんらん
Bacon's Rebellion

1676年、北アメリカのバージニア植民地全体を巻き込んだ内乱。イギリス総督バークリーの先住民宥和(ゆうわ)政策に対し、先住民を蔑視(べっし)して彼らの土地開放を求める辺境農民の不満が根本原因である。参議会員で新興プランターのベーコンNathaniel Bacon(1647―76)がこれに乗じて、無差別な先住民殺戮(さつりく)戦を展開したため、総督派との激烈な内乱に発展。ベーコンは首都ジェームズタウンを焼き、一時優勢を誇ったが、疫病でまもなく死亡した。総督は勝利したものの、本国から救援軍が派遣され、失政として罷免された。反乱軍には、貧困な西部農民や年季明け解放民のほか、多数の黒人も含まれていた。この乱を転機に、白人大プランターを頂点とする白人共同体によって黒人奴隷制を確立する方向が定まっていった。[池本幸三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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