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ベーチェ ベーチェveche

3件 の用語解説(ベーチェの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベーチェ
ベーチェ
veche

古代~中世ロシアの民会。 10~15世紀にかけて,キエフノブゴロドプスコフウラジーミルなどの諸公国に存在し,年代記に出てくる最も古いベーチェの記述は,ベルゴロードの 997年,ノブゴロドの 1016年,キエフの 1068年にさかのぼる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ベーチェ【veche】

中世ロシアの諸都市で開かれた人民による集会。〈民会〉と訳されることもある。11世紀後半から12世紀に,キエフ,ロストフリャザンスモレンスクなど,多くの都市で随時開かれたが,ノブゴロドの民会が最も名高い。古ゲルマン人の会議(民会)などと同質な部族制期のスラブ人の人民集会に由来するが,ロシア諸公国の分立期には,都市住民(周辺農村住民を含む)の臨時の議決機関として,公や貴族の支配権力と不即不離の新しい性格をもつようになる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベーチェ
べーちぇ
вече veche ロシア語

古代・中世スラブの民会。とくにロシアのそれが名高い。その起源は氏族制社会にさかのぼると考えられるが、ロシアの場合もっとも発展したのは11~12世紀の都市、とくにノブゴロドやキエフなどの大都市においてである。審議事項は、公の招聘(しょうへい)と追放、市長・主教・千人長などの選出と更迭、戦争と講和の決定、他の地方との条約締結、土地や特権の付与、諸法典の採択などであった。裁判・行政問題は普通民会の審議事項には入らなかった。審議方法は大ざっぱな手順があったのみで、少なくとも初期には表決は行われず、参加者の賛否の叫び声の大きさによって決定が下されたと考えられている。民会は、中世ロシアにおける「都市民主制」のよき表現であったといえるが、現実には封建階級が公権力を制限する手段として利用することが多かった。民会は14世紀以降、諸公権力の強化とともにしだいに意味を失っていった。[栗生沢猛夫]

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世界大百科事典内のベーチェの言及

【キエフ・ロシア】より

…しかし,11世紀の昔,ブレーメンのアダムが〈コンスタンティノープルの競争相手〉とたたえた国際商業都市としての繁栄は衰えながらもなお続き,13世紀半ばのモンゴル人の侵攻を迎えることになる。
[社会と文化]
 キエフ国家の諸都市では,〈民会(ベーチェ)〉がソフィア大聖堂や公の館の広場で随時開かれ,都市民が自由に参加した。キエフでは12世紀半ばになると民会の活動は目だたなくなるが,ノブゴロドでは同じころに最盛期を迎え,貴族・在地領主と民衆の合議機関として長く機能した。…

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