ボルゴグラード(英語表記)Volgograd

翻訳|Volgograd

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボルゴグラード
Volgograd

1925年までツァリツィン Tsaritsyn,25~61年はスターリングラード Stalingrad。ロシア南西部,ボルゴグラード州の州都。ボルガ川下流部にのぞむ河港都市で,ボルガ川が屈曲して西のドン川に最も近づくあたりの西岸の小高い崖の上に位置する。ロシアが新たに獲得したボルガ川下流地域の防衛のために,1589年要塞がつくられたことに始る。 19世紀末には鉄道が建設され,水路と陸路を結ぶ重要な交通中心地として発展するとともに,食品,製材,鉄鋼,金属加工などの工業が発達した。 1918~19年の国内戦時に市は争奪の的となり,このとき白衛軍の攻撃を撃退して市を防衛したスターリンの功績を記念して,25年にスターリングラードと改称。革命後の工業化により,大トラクタ工場など多くの工場が建設され,古い鉄鋼工場なども再建,拡大された。 42年8月~43年2月のドイツ軍とのスターリングラード攻防戦は,第2次世界大戦の激戦の一つとして知られ,市は廃虚と化した。しかし戦後の復興は著しく,人口が急増し,工業は大発展をとげた。現在,主要工業は鉄鋼,アルミニウム,機械 (トラクタ,石油工業用設備,ガス器具,医療設備,モータ) ,造船,製油,化学,木材加工,セメント,食品,皮革などである。 52年ボルガ=ドン運河が,62年には市の北にボルガ水力発電所とダムが完成し,水運がさらに盛んとなり,河港としての市の重要性は増大している。ボルゴグラード大学 (1980) をはじめ教育,医科,機械,都市経済の各大学や多くの研究所,防衛博物館,郷土博物館,造形美術館,各種劇場などがある。市街は川岸に沿って 70kmにわたっており,森林,並木道,公園,遊歩道などが多く配されて,暑く乾燥した気候をしのぎやすいように設計されている。激戦地であったママエフの丘には広大な戦跡記念公園がつくられ,巨大な記念碑が立っている。空港もあり,近年外国人観光客も多数訪れている。人口 102万1244(2010)。

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デジタル大辞泉の解説

ボルゴグラード(Volgograd/Волгоград)

ロシア連邦南西部、ボルガ川下流の工業都市。ボルゴグラード州の州都で、交通の中心。1925年にツァリツィンからスターリングラードに改称し、さらに1961年現名に改称。第二次大戦のスターリングラード攻防戦の激戦地として知られ、市街やボルガ川を望むママエフの丘には、戦没者の慰霊のための記念碑などがある。人口、行政区98万、都市圏102万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

ボルゴグラード

ロシア,ボルガ川下流の重工業都市。1925年までツァリーツィン,1925年―1961年スターリングラードと称された。トラクター,冶金,製油,造船などの工業が行われる。ボルガ川水運の要地で,人造湖ボルゴグラード湖に臨む。1589年の年代記に名のみえる古都。第2次大戦中スターリングラード攻防戦が行われ,市街は大きく破壊された。98万763人(2009)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボルゴグラード【Volgograd】

ロシア連邦南西部,同名州の州都。ボルガ川下流の右岸にあり,人口100万5000(1992)。ボルガ川沿いでは4番目の人口をもち,市街は川沿いに70kmにわたってのび,幅は3~10kmである。〈ボルガ川の都市〉の意で,1925年までツァリーツィンTsaritsyn(〈皇后の都市〉の意。ただし,サルイ・スー(黄色い水)というタタール地名をロシア式に解釈した名称),61年まではスターリングラードStalingradとよばれていた。

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大辞林 第三版の解説

ボルゴグラード【Volgograd】

ロシア連邦、ボルガ川下流の西岸にある河港都市。水陸交通の要地。製鉄・車両・石油化学などの工業が発達。第二次大戦中、ドイツとの激戦地。旧称スターリングラード。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボルゴグラード
ぼるごぐらーど
Волгоград Volgograd

ロシア連邦南西部、ボルゴグラード州の州都。ボルガ川沿岸の経済、交通、行政の大中心都市。人口100万(1999)。1925年までツァリーツィンЦарицын/Tsaritsn、61年までスターリングラードСталинград/Stalingradと称した。ロシア革命(1917)前より各種工業が発展していたが、革命後、ソ連の工業化のための拠点の一つとなり、大トラクター工場が建設され、この工場の生産高は、第二次世界大戦までソ連のトラクター生産の3分の1を占めるといわれた。現在、機械(造船、トラクター、モーター、石油工業用設備、医療機器)、鉄鋼、アルミニウム、石油精製、木材加工、食品、セメントなどの各種工業が発展している。鉄道、道路の分岐点で、ボルガ川に大河港を有し、空港もある。また、ボルゴグラード州の州都として行政機能をもつほか、教育・文化機能も発達し、教育、都市経済、機械、医科の各大学、防衛博物館、郷土博物館などの施設がある。市域はボルガ川右岸に沿って細長く70キロメートルにわたって延びている。乾燥地域にあるため、市内の緑化に力が入れられている。市内には1963~67年に建設された記念建築物のある「ママエフの丘」をはじめとして、第二次世界大戦の記念碑が多数あり、外国人観光客も訪れるようになった。[中村泰三]

歴史

1589年、ボルガ、ドン両川の接近する交通の要所(ボルガ川にツァリツァ川が注ぎ込む地点)に要塞(ようさい)が建築されたのが起源である。17~18世紀、農民蜂起(ほうき)や諸民族の反乱の舞台となり、1670年にはステンカ・ラージン、1774年にはプガチョフ軍によって一時占領された。1782年以来サラトフ県内の郡庁所在地となる。19世紀には木材加工業、石油、冶金(やきん)工業などが発展し、商・工業、交通の一大中心地となる。人口も19世紀末には5万5000になった。革命後の国内戦期には、革命軍と反革命軍の間の最初の本格的な決戦が行われ(1918年の「ツァリーツィンの防衛」)、赤軍はスターリンらの活躍でこの重要拠点の防衛に成功した。また大祖国戦争(第二次世界大戦)期にはここを舞台に7か月にわたる「スターリングラードの戦い」が行われ(1942~43)、町は完全に破壊されたが、ソ連軍はナチス・ドイツ軍の野望をくじいた。戦後急速に復興し、1961年にはスターリングラードから現名称に改称され、1965年レーニン勲章を授与された。ソ連「英雄都市」の一つであった。1991年12月のソ連崩壊に伴いロシア連邦の一都市となる。[栗生沢猛夫]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ボルゴグラード

(Volgograd) ロシア南西部の重工業都市。ボルゴグラード州の州都。旧名ツァリーツィン。一九二五年スターリングラードに改称。さらに六一年現名に改称された。ボルガ川の下流に面し、ボルガ‐ドン運河の起点にあたる河港でもある。一九世紀以後商業都市として発展。革命後の第一次五か年計画により重工業が集中的に開発された。世界有数のボルガ水力発電所が置かれている。

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世界大百科事典内のボルゴグラードの言及

【スターリングラード攻防戦】より

…第2次大戦下独ソ戦の重大な分岐点となった戦い。1942年7月17日,ドイツ軍はボルガ川下流地域の要衝スターリングラード(現,ボルゴグラード)の攻撃を開始した。8月からはイタリア軍,ルーマニア軍も戦闘に参加,9月14日,ドイツ軍は市中央部に突入した。…

※「ボルゴグラード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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