コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

マタチッチ Matačić, Lovro von

3件 の用語解説(マタチッチの意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

マタチッチ Matačić, Lovro von

1899-1985 ユーゴスラビアの指揮者。
1899年2月14日生まれ。ウィーン音楽院にまなび,ドレスデン国立歌劇場,フランクフルト歌劇場,モンテカルロ国立歌劇場などの音楽総監督をつとめる。昭和40年以来たびたび来日し,NHK交響楽団の名誉指揮者となる。1985年1月4日死去。85歳。リエーカ出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

マタチッチ【Lovro von Matačić】

1899‐1985
ユーゴスラビアの指揮者。ウィーン音楽院に学び,1916年ケルン歌劇場の指揮者となる。ザグレブなどユーゴ各地で指揮をした後,38年ベオグラード歌劇場の音楽総監督。ドレスデン国立歌劇場(1956‐58),モンテ・カルロ国立歌劇場(1970‐78)の音楽総監督などを務めたほか,バイロイト音楽祭はじめ各地に客演。66年以後,NHK交響楽団をしばしば指揮し,その名誉指揮者に選ばれた。ブルックナーチャイコフスキーなどのロマン派交響曲を主要レパートリーとし,力強い演奏には定評があったが,レハールの《メリー・ウィドー》の演奏においては軽妙でしかも華麗な表現をみせた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マタチッチ
またちっち
Lovro von Matai
(1899―1985)

旧ユーゴスラビアの指揮者。クロアチア出身。ウィーン少年合唱団を経てウィーン音楽大学に学ぶ。1919年ドイツデビューしたが、38年には故国に帰って活動、同国の代表的な指揮者となる。第二次世界大戦後、ウィーン、ミュンヘンミラノなど各地の歌劇場に客演して名をあげ、56~58年ドレスデン国立歌劇場、61~66年フランクフルト歌劇場の音楽総監督となる。その後ザグレブ・フィルハーモニーモンテ・カルロ国立歌劇場の音楽監督を務めたが、78年以後は健康優れずフリーで活動、ザグレブに没した。65年(昭和40)スラブ歌劇団と初来日してNHK交響楽団と共演、その後もしばしば来日してN響に客演し、同団の名誉指揮者となった。重厚で説得力のある芸風で、ベートーベンワーグナー、ブルックナーに真価を発揮した。[岩井宏之]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

マタチッチの関連キーワードセルビアチトーモンテネグロユーゴスラビアセルビアモンテネグロアラビア糊ボスニア・ヘルツェゴヴィナブチコユーゴスラビアン・トライカラード・ハウンドユーゴスラビアン・マウンテン・ハウンド

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

マタチッチの関連情報