ミューロケット

百科事典マイペディアの解説

ミューロケット

東京大学宇宙航空研究所が,科学観測衛星打上げのため開発した大型ロケット。ラムダロケットに続くもので,1964年に宇宙航空研究所に引き継がれ,1966年1号機を試射。最初の衛星打上げは4S型で,固体推進剤4段,最大直径1.4m,全長23.6m,重量43.8t。1971年2月16日の〈たんせい〉打上げ,および同年9月28日の〈しんせい〉打上げに使用。1974年2月の〈たいせい〉からは新型の固体推進剤3段の3C型が使われた。また重量61tの3SII型を1985年1月から運用,1989年2月の4号までで4つの科学衛星を打ち上げた。最終機は無人回収型カプセル衛星の打ち上げに失敗した。1989年宇宙開発政策大綱見直しにより,V型中型ロケットの開発が認められ,1994年度に初号機が飛行。
→関連項目ロケット(工学)

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世界大百科事典内のミューロケットの言及

【宇宙開発】より

…これは東大生産技術研究所を中心とする文部省および大学関係を中心に組織され,国際地球観測年の後も事業は継続され,ロケットはラムダ,ミューと大型化した。そして64年宇宙科学研究のための全国大学共同利用研究所として宇宙航空研究所が誕生,科学衛星計画を担当することになり,この結果,これまでの観測ロケットはすべてこの研究所が引き継ぎ,新たにミューロケットの開発が始まった。70年2月日本初の人工衛星〈おおすみ〉がラムダ4S型5号機によって打ち上げられ,翌年にはミュー4S型ロケットにより科学衛星の1号〈しんせい〉が打ち上げられて,科学衛星による観測が本格的に始められた。…

※「ミューロケット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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