当初はヨーロッパの金融中心地で取引される米ドル資金を意味したが,現在ではより広くアメリカ以外の金融中心地で取引される米ドル資金をいう。たとえばシンガポールや香港などにおけるいわゆるアジア・ダラー,日本の東京ドル・コール資金,カナダの金融市場で取引される米ドル資金なども含まれる。同様に,このほかユーロマルク(ドイツ以外の金融中心地で取引されるドイツ・マルク資金),ユーロポンド,ユーロ円などがあり,ユーロダラーを含めてユーロカレンシーEuro-currenciesと総称される。しかし,ユーロダラー以外のユーロカレンシーの取引は,ほとんどがヨーロッパ市場で行われている。
ユーロダラーは,1950年代に入って米ソ間の冷戦が激化するのにともない,米ドル資金をアメリカで運用していたソ連・東欧の中央銀行がアメリカによる資産凍結を懸念してヨーロッパの銀行に預け替えたのが起源である。当時いわゆる〈ドル不足〉に悩むヨーロッパでは,銀行を中心にしてこの資金を相互に融通し合い,その結果,卓越した金融ファシリティを有するロンドン金融市場を中心にして,ユーロダラー市場と呼ばれる一種の外貨資金市場が成立した。その後,50年代後半におけるイギリスによる国際収支対策としてのポンド建て対非居住者信用の制限や西ヨーロッパ諸国通貨の交換性回復,さらには60年代前半のアメリカによる相次ぐさまざまな資本流出規制によってユーロダラー取引が活発化し,アメリカの銀行や日本の銀行などの進出が多くみられるようになった。またアメリカにおける預金金利規制(Regulation Q)も自由金利のユーロダラー預金の魅力を高めた。ユーロダラー市場は当初,貿易金融や運転資金を融通する短期金融市場であったが,しだいに中・長期の資本市場として成長し,とくにアメリカによる利子平衡税(1963)や各種の対外投融資規制(1965)の導入を契機として,まず米ドル建ての国際債券(ユーロダラー債と呼ばれる)の発行・流通市場が形成され,次いで70年代に入って銀行による中期シンジケート・ローンの市場が生まれ,一大国際金融市場へと発展した。
こうした状況のもとで81年12月アメリカ国内においても,ニューヨーク所在銀行を中心にして一種のユーロダラー取引が認められた。これは〈国際銀行ファシリティInternational Banking Facility(IBF)〉と呼ばれる制度であり,アメリカの銀行も国内で行う純粋の対外金融取引を国内金融取引と分けて記帳し,この種対外金融取引に関しては預金金利規制や準備率規制の適用あるいは州税の徴収が免除されるという仕組みである。このIBF制度の発足によって,地理的にアメリカに近いユーロダラー市場は大きな影響を受けるようになった。
ユーロダラー市場の中核は銀行間市場であり,銀行とブローカーによって構成される。一般にユーロ業務を行う銀行はユーロ銀行Eurobankと呼ばれる。銀行間取引は無担保ベースで行われるところから預金取引ともみなされるが,資金を放出する銀行は相手銀行(さらには相手銀行が属する国)ごとに一定の放出限度(一種の与信限度)を設定している。この銀行間市場で取引されるユーロダラーは,翌日もの,2日通知もの,7日通知もの,1ヵ月もの,3ヵ月もの,6ヵ月ものなどの短期資金が大宗を占めているが,1年もの以上の中長期資金もある。銀行間市場における取引は通常25万ドル刻みで,銀行は相互に出し手金利bid rateと取り手金利offered rateを建てながら,ときに応じて出し手となったり,取り手となったりして資金の調整を図っている。
銀行の対顧客取引はユーロダラー預金の受入れとその貸出しが中心であるが,ユーロダラー債発行に係る引受け,売りさばき,あるいは流通市場におけるブローカー業務などもある。銀行が顧客から受け入れる預金は,前記の銀行間市場の資金取入れに準じて大口であるが,1966年12月に導入されたユーロダラーCD(譲渡性預金)は比較的小口の投資対象である。またユーロダラー債の一つで,その金利が銀行間市場のユーロダラー金利に連動する変動利付債も小口投資に向く。これらのユーロダラーCDや変動利付債には流通市場があり,流動性も高い。
銀行の対顧客貸出しで1970年代後半から80年代初めに重要性を増したのはユーロダラー・シンジケート・ローンEuro-dollar medium-term syndicated loan(ユーロ信用Euro-creditともいう)である。リスク分散を図るため銀行が協調して融資団を組成し,全体として巨額の貸出しを行うもので,同一の借手に対して数億ドル,ときには十数億ドルにのぼることもあり,融資銀行団が50行を上回ることもある。この種のローンの資金使途は,一般企業の事業資金や資源開発プロジェクトの所要資金のほか,各国政府による国際収支赤字ファイナンスに係るものもある。ユーロダラー・シンジケート・ローンの期間は5~7年ものが多く,その金利条件は通常,ユーロダラー銀行間市場における3ヵ月もの金利ないし6ヵ月もの金利にスライドする変動金利である。この貸出金利の基準となるユーロダラー金利としては,ロンドン市場の出し手金利が用いられ,しばしばLIBOR(London Interbank Offered Rate)と呼ばれる。融資銀行団の主幹事は,借手と協議しながら主としてその信用度に応じLIBORに上乗せする利幅(スプレッドspreadまたはマージンmarginと呼ばれ,銀行の粗利益を意味する)を決める。
73年秋の石油危機後,国際収支困難に陥った多くの発展途上国が多額のユーロダラー・シンジケート・ローンを取り入れ,銀行も産油国から受け入れたオイル・マネーを基にしてこの資金需要に応じた。当初こうした資金循環(しばしばオイル・マネーのリサイクリングと呼ばれた)は順調に進んだが,発展途上国の対外借入残高が巨額に達するなかで,82年に入ってその返済困難が多発し,発展途上国の対外債務問題が発生し,国際金融不安を招来した(〈累積債務〉の項参照)。その結果,1980年代から90年代前半にかけてこの種のシンジケート・ローンは低迷し,国際的な債券発行の相対的重要性が増した。
このようにユーロダラー市場は,国際流動性の供給源としても重要な役割を果たしているが,最終的な資金の借手の破綻(はたん)によって国際的な連鎖反応を起こす危険をはらんでおり,その適切な管理が課題となっている。
執筆者:河西 宏之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
アメリカ以外の国の銀行に預けられているドル預金のこと。アメリカ国内の本来のドル預金に対して、主としてヨーロッパ所在の銀行のドル預金であるところからユーロ・ダラーとよばれる。ドルと同様に、ポンド、スイス・フラン、円なども自国以外の銀行に外貨預金となっており、これらをユーロ・カレンシーと総称するが、ユーロ・ダラーはその中核となっている。
[土屋六郎]
『ジェフリー・ベル著、井手正介・武田悠訳『ユーロダラーの将来――通貨危機と国際金融市場』(1974・日本経済新聞社)』▽『榊原英資著『ユーロダラーと国際通貨改革』(1975・日本経済新聞社)』▽『ジェーン・スネッドン・リトゥル著、竹内一郎訳『ユーロ・ダラーの功罪――その起源・現状・将来』(1978・東洋経済新報社)』▽『吉岡正毅著『ユーロダラー――拡大するその市場』(1978・教育社)』▽『P・F・シャンピヨン、J・トローマン著、日本経済新聞社訳『ユーロダラー入門』(1981・日本経済新聞社)』▽『岩野茂道著『金・ドル・ユーロダラー――世界ドル本位制の構造』(1984・文真堂)』▽『奥田宏司著『多国籍銀行とユーロ・カレンシー市場――ドル体制の形成と展開』(1988・同文舘出版)』▽『リチャード・N・クーパー著、武藤恭彦著『国際金融システム――過去・現在・未来』(1988・HBJ出版局)』▽『関岡正弘著『マネー文明の経済学――膨張するストックの時代』(1990・ダイヤモンド社)』
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[国際金融市場の多極化]
しかし1971年8月の金交換停止以来の国際通貨としての役割の動揺と世界的な変動為替相場制は,国際金融市場の場所的多極化をもたらしており,今日,フランクフルト,チューリヒ,パリ,アムステルダム,東京(東京金融市場)その他でも,かなりの規模の国際金融取引が行われている。1950年代以後,アメリカの国際収支の継続的赤字が世界にドルを散布し,過剰ドルの時代となるやユーロダラー市場が,またアメリカの対外投融資規制や多国籍企業の活動とあいまってユーロ債市場が出現した。これらは,国内金融市場と一体化した伝統的な国際金融市場と異なり,国境の制約を超えた新しい国際金融市場である。…
…ドルはアメリカ国内における国内通貨であり,また同時に世界において現在最も重要な国際通貨である。このほか国際通貨として重要な役割を果たしているものにユーロカレンシーとくにユーロダラーがあるが,ユーロダラーはアメリカの外に所在する銀行に預けられたドル(ドル預金)のことである。ユーロダラーはそれを発行する銀行がアメリカの外に所在しているという点で米ドルと異なる。…
※「ユーロダラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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