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国際金融市場

ASCII.jpデジタル用語辞典の解説

国際金融市場

大規模な金融取引が国際的にされている市場のこと。第2次世界大戦後、ニューヨークが国際金融市場の代表として台頭し、ドルが取引通貨準備通貨としての地位を高めた。だが、1971年のドルショック以降、各国で変動為替制度が導入され、ドルの相対的な地位が低まったことに並行して、国際金融市場の多極化が起こった。現在ではフランクフルトチューリヒ、パリ、アムステルダム、東京など多くの国際金融市場が活発に取引している。

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世界大百科事典 第2版の解説

こくさいきんゆうしじょう【国際金融市場 international financial market】

国際間(クロスボーダー)の金融取引がかなりの規模で行われている市場をさす。金融期間の長短によって短期国際金融市場長期国際金融市場とに分けられ,前者狭義の国際金融市場,後者を国際資本市場とよぶ場合がある。 ある国の金融市場が国際金融市場であるためには,次のような条件をできるだけ多く満たす必要がある。(1)当該国の通貨が国際取引通貨,準備通貨として広く使われていること。そのためには通貨の金への交換性あるいは政治・経済力を背景として通貨の信認が得られていなければならない。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国際金融市場
こくさいきんゆうしじょう
international financial market

国際間にわたる金融取引が行われる市場で,国際資本市場,外国為替市場の総称。現代の世界経済では,この国際金融市場を通じて国境を越えた金融取引が大規模かつ継続的に行われている。国際金融市場の成立には,経済的な発展および成熟のほかに政治的,社会的な安定などが必要条件であり,代表的な市場としてはニューヨーク市場,ロンドン市場,東京市場がある。なおロンドンに次ぐユーロ市場としてルクセンブルクの地位が漸次高まっているほか,シンガポール,カリブ海諸国など税制上の恩典により国際金融市場育成をはかる国が増加している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国際金融市場
こくさいきんゆうしじょう
international financial market

国境を越えて資金の過不足を融通するのが国際金融であり、その場となるのが国際金融市場である。国内の金融でも、外貨預金やインパクト・ローンのような外貨建てでの金融は、国際金融取引に含まれる場合がある。金融期間の長さにより長期と短期に分けられ、通例では短期市場を国際金融市場といい、証券市場を中心に、長期市場を国際資本市場とよんで区別している。しかし、1年以上の定期預金や大型で長期のシンジケート・ローン(複数の銀行団による協調融資)などを含む銀行預金市場や貸付市場の区分が曖昧(あいまい)であり、必ずしも厳格な使用がなされているわけではない。国際金融・資本市場とせずに、国際金融市場という用語で、すべての金融取引を包摂する場合も少なくない。
 歴史的にみると、国際貿易の決済は、そのときどきの世界経済の基軸通貨建てで行われるのが一般的であり、貿易に伴うファイナンスもその通貨でなされることが多い。さらに、そうした国は、強大な経済力、経常収支の黒字を背景に、世界的な融資活動を行い、逆に、世界の余剰資金の運用の場を提供する。したがって、強大国通貨が国際通貨、基軸通貨となり、その国の金融市場が国際金融市場となってきた。つまり、基軸通貨がポンドであった時代のロンドン、米ドルがポンドにとってかわった後のニューヨークでは、このようにして国際金融市場が形成されたわけである。
その条件は、
(1)その国の経済力が強大で、世界経済、世界貿易において、大きな影響力を有すること
(2)その国の通貨価値が安定していて国際的な信認を得、貿易その他の国際取引に使用され、かつ非居住者に保有されること
(3)為替(かわせ)管理のない自由な外国為替市場が形成され、通貨の交換、外国送金、金利裁定、為替リスク・ヘッジなどが十分行いうること
(4)国際的に信用のある金融機関が集まり、かつ通信・情報や諸制度といったインフラが整備され、厚みのある効率的な市場機構が確立していること
であり、国際通貨国、基軸通貨国と国際金融市場はほぼ対応していたといえる。しかし、1950年代後半以降、ユーロ・カレンシーが登場することによって、これを活用してロンドンが国際金融市場として復活するとともに、1980年代後半には基軸通貨国ではない国の東京国際金融市場が台頭。さらには、香港、シンガポール、フランクフルト、カリブ海諸国等も、国際金融市場の一角を占めるに至った。つまり、国際通貨決済システムをもつ基軸通貨国の市場のみでなく、その外部でも一定の経済力と国際的信用力を有し、為替管理が撤廃され、ユーロ・カレンシーを引き付けうる市場が、国際金融市場として、発展をみている。
 したがって、今日の国際金融市場は、伝統的市場とユーロ市場としての機能の二面性をもつ。伝統的市場とは、その市場がある国の通貨建てで国際金融業務が行われる場合であり、ユーロ市場とは、その市場がある国の通貨以外の通貨建てで国際金融業務が行われる場合である。ニューヨーク市場は、自国通貨が基軸通貨であるため、伝統的市場としての機能が強く、ロンドン市場はポンド以外のユーロ・ダラー、ユーロ・ユーロ(ゼノスともよばれるが、いずれも定着した呼称ではない)、ユーロ円といったユーロ・カレンシーでの国際金融業務が多く、ユーロ市場としての色彩が強いが、ほかの国際金融市場もあわせて多かれ少なかれ二面性がみられる。また、そこでの金融取引も、従前からの預金、貸付、株式、債券、外国為替といった現物取引だけでなく、1970年代初頭からデリバティブ(金融派生商品)が加わり、後者の取引額は2007年末には596兆ドル(想定元本ベース)に水ぶくれしている。[中條誠一]

ユーロ市場とオフショア市場

その通貨の発行国から海外に流出し、預金された資金によって、金融業務がなされる市場をユーロ市場という。1950年代後半に、アメリカの預金凍結を恐れたソ連が、ドル預金をヨーロッパの銀行に移管したことを嚆矢(こうし)とし、ユーロ・ダラー市場としてロンドンを中心にヨーロッパで誕生したことからユーロの名が付けられた。したがって、ヨーロッパの共通通貨「ユーロ」とは異なる意味であり、注意を要する。
 ユーロ市場は、伝統的市場とは異なり、当局の規制が少なく、税制面でも優遇されているため、運用面でも、調達面でも有利な取引が可能である。そのなかで、各国での為替管理の自由化の進捗、石油ショック後のオイル・ダラーの大量流入、それを背景としたシンジケート・ローンの組成、その後の証券化によるユーロ債の増大、短中期の新規ファシリティの登場などにより、めざましい発展をとげてきた。1960年代後半から市場は、ヨーロッパだけでなく、香港、シンガポール、バーレーン、バハマ等へと地理的広がりをみせるとともに、取引通貨もドイツ・マルク、円、ポンドなどにも広がり、ユーロ・カレンシーと総称されている。ただし、アジアにあるドルのことを、ユーロ・ダラーではなく、アジア・ダラーとよぶこともある。
 各国の国際金融市場のなかには、ユーロ市場としての機能を高めるために、ユーロ取引を非居住者同士でのみ認めるオフショア市場を創設しているところがある。この取引は、「外‐外取引」とよばれ、国内取引と違い規制が少なく、税制面でも優遇されている。内外分離型といわれるもので、1981年創設のニューヨークオフショア市場IBF(International Banking Facilities)、1986年創設の東京オフショア市場JOM(Japan Offshore Market)、シンガポールオフショア市場ACU(Asian Currency Unit)などがあるが、さらにバハマ、ケイマンなどのタックス・ヘイブンもオフショア市場である。また、ロンドンや香港は、外‐外取引と国内取引の区分のない内外一体型となっている。つまり、オフショア市場は、ユーロ市場のなかでも典型的なユーロ取引業務を行う特殊な市場といいうる。[中條誠一]

ロンドン金融市場

イギリスは19世紀初めに他国に先駆けて産業革命を成し遂げ、自由貿易主義を掲げて世界における経済的優位を確立した。ロンドンはこうした事情を背景に、世界貿易・金融の中心となり、国際金融市場の地位を確立した。そこには割引商会(ディスカウント・ハウス)、引受商会(アクセプタンス・ハウス)、商業銀行(マーチャント・バンク)など国際金融に熟練した専門業者の組織があって、外国為替手形の引受けや割引を行い、短期国際金融を促進し、さらには証券引受け業務を行い、証券市場も発達していた。しかし二度にわたる大戦を経て、イギリス経済の地盤低下とともにポンドの地位もしだいに低下し、第二次世界大戦後はニューヨークにその地位を譲ることとなった。
 しかしながら、国際金融市場の伝統的機能をもつロンドンは、1950年代末のユーロ・ダラーの登場で復活し始めた。すなわち、イギリスの金融機関が国際金融や外国為替に関する高度な技術を有していたこと、政府が外貨取引に関し規制を課さず、柔軟な対応をしたことによって、金利規制などを嫌ってアメリカから流出したドルがロンドン金融市場へ預けられ、ドルのまま貸し出された。このユーロ・ダラー市場は1970年代にはオイル・マネーの流入もあって飛躍的に拡大したが、それとともに西ドイツ・マルク(当時)、スイス・フラン、ポンドなどの通貨についても同じような取引が盛んになり、ドルを含めたユーロ・カレンシー市場として、ロンドン金融市場は蘇った。国内金融市場も含めた市場規模は、ニューヨークには及ばないものの、対非居住者および非居住者同士の国際金融取引では、世界最大の市場といえる。[中條誠一]

ニューヨーク金融市場

第二次世界大戦後、アメリカは当初から為替管理を実施しなかった唯一の国であり、またヨーロッパの荒廃のなかで、政治・経済上の絶対優位を得たことにより、ドルはポンドをしのぐ国際通貨となり、豊富なドル資金を有するニューヨークは、国際金融市場の要件をもっとも備えた市場となった。ニューヨーク金融市場は、連邦準備銀行への預金残高を銀行間で貸し借りするフェデラル・ファンド市場(諸外国のコール市場に該当)、期限1年以内の財務省証券(TB)市場、銀行引受手形市場、商業手形市場、譲渡性定期預金証書市場など、短期金融市場のもっとも発達した世界最大の市場規模を誇る市場である。アメリカが純債務国に陥ったこともあり、非居住者にとって、ネットでは資金調達より、運用市場となっている。とくに、相対的に大きな財務省証券市場では多くの諸外国通貨当局がその外貨準備を運用しており、またフェデラル・ファンド市場、銀行引受手形市場には、外国銀行が多数参加している。
 巨大な国内金融市場に根ざした国際金融取引というところに、ニューヨーク金融市場の特徴があるが、1981年には外‐外取引の場であるIBFを創設し、国際金融取引の強化を図っている。[中條誠一]

東京金融市場

東京金融市場は、1980年代半ばに台頭をみた。その基本的背景には、日本の経済力の向上があるが、拡大する経常収支黒字による資本輸出国化(債権国化)があった。さらに、1980年(昭和55)の為替管理の自由化、1984年の日米円ドル委員会報告に基づく、東京金融資本市場の自由化、国債の大量発行による金融の自由化等が追い風になって、急速な発展をとげ、1980年代末にはニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界三大国際金融センターに躍り出た。ジャパン・マネーの席捲(せっけん)とさえいわれたが、バブル経済崩壊後、いわゆる「失われた10年」の低迷を経て、ようやく復活の兆しをみせている。
 その市場の特徴は、TB、FB(Financing Bills)を中心に短期金融市場が未発達で、見劣りする点である。市場の機能としては、株式市場を中心とした海外投資家の円建て運用、サムライ債の発行、円建てシンジケート・ローン、さらにはJOMでのユーロ円取引といったように、伝統的市場としての役割も一定程度担っているが、主体は対外貿易取引による獲得外貨、ロンドン等のユーロ市場からの調達外貨をベースとしたユーロ市場としての機能であるといえる。[中條誠一]
『竹内一郎・原信編『国際金融市場』(1988・有斐閣) ▽原信著『国際金融概論』(1992・有斐閣) ▽須田美矢子著『ゼミナール国際金融入門』(1996・日本経済新聞社) ▽上川孝夫・藤田誠一・向壽一編『現代国際金融論』第3版(2007・有斐閣)』

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