日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学
よーろっぱしょかがくのききとちょうえつろんてきげんしょうがく
Die Krisis der europäischen Wissenschaften und die transzendentale Phänomenologie
現象学の創始者E・フッサールの未完の遺著。約280ページの現行の定本は、関連諸論文とともに1954年初版の『フッサール著作集』第六巻に収録されている。彼の他の著作と比べて本書の特徴は、ヨーロッパの科学と哲学の運命(おもにガリレイ以降の)に歴史哲学的な考察を加えて、近代科学の偉大な発展にもかかわらず、科学の危機、ひいては人間性の危機が到来した事情を論じている点にある。危機が生じたのは、存在者の世界全体を理性の立場から統一的‐普遍的に認識しようとする学問本来のテオリア(観想)の目標が放棄された結果、学問の領域にも物理学的客観主義と哲学的主観主義への分裂が生まれ、実証主義や非合理主義が台頭してきたからである。それゆえ本書では、科学の成立基盤である生活世界についての存在論的考察を通して、さらにそれを成立させる超越論的主観性の能作を究明するという仕方で、現象学的理性主義の立場から、主観と客観的存在者との関係について、新たな解明が試みられた。
[立松弘孝]
『細谷恒夫訳『ヨーロッパの学問の危機と先験的現象学』(『世界の名著51 フッサール他集』所収・1970・中央公論社)』▽『細谷恒夫・木田元訳『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1974・中央公論社)』