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ライヒ Reich, Ferdinand

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライヒ
Reich, Ferdinand

[生]1799.2.19. ベルンブルク
[没]1882.4.27. フライベルク
ドイツの化学者,物理学者。フライベルク鉱山学校教官。地磁気の研究があり,フライベルクの気象について記録がある。 1863年,H.リヒターとともに分光器を用いて元素インジウムを発見した。また窯炉ガス中の二酸化硫黄の測定に K.フィッシャーが開発したヨウ素と水の反応を導入したことでも知られる。

ライヒ
Reich, Wilhelm

[生]1897
[没]1957.11. ペンシルバニア
オーストリア,アメリカの精神分析学者。ウィーン精神分析研究所で S.フロイトの助手をつとめたが,ナチスの迫害にあい 1939年渡米。治療技法,性の問題についてフロイトとは対照的に,性の抑圧から全人格的に解放されるべきだという独自の見解を示し,自我心理学の発展に寄与した。晩年には,「オルゴン・ボックス」という特殊な治療法を実施,医師法違反で逮捕される。分裂病と診断され,ルイスバーグ刑務所で獄死した。主著『性格分析』 Character Analysis (1933) ,『ファシズムの大衆心理学』 Massenpsychologie des Faschismus (同) ,『性と文化の革命』 The Sexual Revolution (46) 。

ライヒ
Reich, Steve

[生]1936.10.3. ニューヨーク
アメリカの作曲家。 1953~57年コーネル大学で哲学を学んだのち,58~61年ジュリアード音楽院,62~63年ミルズ・カレッジで作曲を L.ベリオ,D.ミヨーに師事。 65年2つの同じテープ・ループを鳴らす実験中,偶然徐々に位相がずれていくプロセスを発見し,テープ作品『雨が降りそうだ』を作曲。 67年『ピアノ・フェイズ』でその技法をピアノに応用した。これらはミニマル・ミュージックの先駆的作品といえる。 70年ガーナで太鼓を学び,また 73~74年カリフォルニア大学でガムラン音楽のセミナーに参加して大きな影響を受けた。一方 1970年代なかば以降の作品『ティヒリム』 (1981) などではユダヤ教への回帰もうかがえる。 90年『ディファレント・トレインズ』でグラミー賞を受賞した。

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デジタル大辞泉の解説

ライヒ(Wilhelm Reich)

[1897~1957]オーストリア生まれの精神分析学者。1939年米国に亡命。性の解放を唱え、フロイトの精神分析とマルクス主義統合現代社会における疎外感の解消を訴えた。著「性格分析」「性の革命」「ファシズムの大衆心理」など。

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百科事典マイペディアの解説

ライヒ

米国の作曲家。ライクとも。ニューヨーク生れ。10代でJ.S.バッハストラビンスキーに関心を寄せ,哲学を習得後1953年−1957年ジュリアード音楽学校に学ぶ。

ライヒ

オーストリア生れの精神分析学者。著書《性格分析》(1932年)によって自我心理学的精神分析の端緒を開いた。とりわけ,社会的抑圧からの性の解放を唱えた〈性革命〉理論で知られる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

ライヒ

アメリカ合衆国の作曲家。代表作に《砂漠の音楽》(1983)がある。
ライヒはまず、コーネル大学で哲学を学び、ヴィトゲンシュタインを専門としていた。その後、ジュリアード音楽学校とミルズ大学にてミヨー ...続き

出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ライヒ【Wilhelm Reich】

1897‐1957
オーストリア生れの精神分析学者。ウィーン大学卒業後,ウィーン精神分析診療所で,精神分析とマルクス主義の統合を目ざして活躍する一方,精神分析技法ゼミナールを主宰して,研究と指導に専念した。患者の態度やふるまいに現れる性格抵抗(主要な抵抗)に注目した〈性格分析〉の理論と技法とを追求して,《性格分析》(1932)を発表し,古典的精神分析から現代の自我心理学的精神分析への発展の端緒を切り開いた。社会学的見地に立ち,社会適応を重視した性格形成論,性を社会的抑圧から解放し,〈性器性欲の優位性〉を確立して,健康なオーガスムを体験する能力を獲得することこそ健康の基盤であるとする性革命理論などが知られている。

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大辞林 第三版の解説

ライヒ【Reich】

〔Steve Michael R.〕 (1936~ ) アメリカの作曲家。ミニマル-ミュージックから出発。その後アフリカの打楽器の研究や、サンプリングの起用など意欲的な試みを続ける。作品「もうすぐ雨が降る」「ドラミング」「ディファレント-トレインズ」など。
〔Wilhelm R.〕 (1893~1957) オーストリアの精神分析学者。現代社会の疎外をオルガスムス抑圧の構造ととらえ、フロイト理論とマルクス主義を統合する独自の人間解放論を提唱した。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内のライヒの言及

【信仰治療】より

…この動物磁気にかわってS.フロイトやユングはリビドーという生命エネルギーのようなものを仮定した。さらにフロイトの弟子ライヒは,このリビドーなるものを本気で試験管の中にとり出し,ガイガー計数器で量ることができるものとして,そのエネルギー体を〈オルゴン・エネルギー〉と称した。そしてこれを注入すれば,癌の治療なども可能だと信じた。…

【性格】より

…彼は人格における自我の機能に注目し,自我と衝動体イドと行動の規準の内面化による超自我との葛藤や妥協を力動的にとらえて,人格をその相互関係の過程の上で扱っている。これに続く者として,フロイトの精神分析から現代精神分析への転向を方向づけたライヒ,超自我の早期形成の影響を解明したM.クラインなどがあげられる。またE.H.エリクソンは人格の形成に関する精神分析理論に比較文化論的・対人関係論的見地を導入した。…

【精神分析】より

…またドイツ語圏だけでなくアメリカにも急速に受け入れられ,31年にはニューヨーク,シカゴにも学会が開かれた。しかし,そのころまでには,はじめフロイトの弟子ないし賛同者であった者のなかから,A.アードラーやユングがフロイトと見解を異にして離れ去り,それぞれ独自の無意識探求の道に進み,また20年代はじめにはランクO.Rank(1844‐1939),シュテーケルW.Stekel(1868‐1940),S.フェレンツィ,W.ライヒらも,しだいにそれぞれの見解を発展させた。この間,創始者のフロイト自身も,精神分析を自我分析や文化・社会理論に拡大する一方,無意識の第一義性や幼児性欲(およびエディプス・コンプレクス)の承認を正統派の要件としたから,精神分析運動には正統派と修正派の争いが生まれた。…

※「ライヒ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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